仕事をしていた頃は、一日は長く、そして一週間はもっと長く感じられたが、一年はあっという間だった。だが、体調を崩し、会社を辞めてから10ヶ月が経った今、早いような遅いような、なんだかよくわからない。おそらく、忙しい日や忙しい月、そういったメリハリがない日々だからだろう。
倒れこんでしまったあの頃から比べたら、本当に良くなった。
だがここ数ヶ月、もうあと一歩というところなのに、その一歩がどうしても踏み出せずにいる。どうしても一ヶ月に一度、一週間くらい寝込んでしまう。そして、例え起きていられたとしても、常に動悸や胸痛に悩まされ、いまいちスカっとしないのだ。なんだよ、勘弁してくれよ。
今日は3週間に一度の診察日だった。
先生と私は、面接官と受験者のように、テーブルを間にして真正面に向き合って座る。先生は私の目の前でカルテを広げ、前回までの治療と経過を毎回見ては、私から話し出すのを待ってくれる。そして私が言う通りにカルテに書き綴る。とてもオープンなやり方だ。
そして私は、とりあえず最初に結果を言う事にしている。「この3週間は調子良かった。」こういえば、話は早い。「ふん、ふん、顔色もいいし、それじゃぁ、前回と同じお薬でまた3週間後に。」といった感じで診察はスムースに終わる。
だが、今日の私はじっくり話したかった。
ここ数ヶ月の足踏み状態が不安だったからだ。が、先生はもうわかっていた。
この先生、実に的確な判断をする。
経過をじっくり見てくれているのがよくわかる。
今回、新しい治療法をすすめられた。それは2週間の点滴治療である。
飲み薬を増やす手もあるが、私の場合、薬を増やしても根っこが深すぎて、そこまで治療するにはかなり時間がかかってしまうというのだ。それに比べ、点滴は直接血液に吸収されるから、副作用も殆どなく、確実に早く一歩前に進めると先生は言い切った。だが、2週間毎日通院して点滴を受けるか、2週間入院して点滴を受けるか、どちらかを選択しなければならないという。
私の家から病院まで車で約1時間かかる。これまでは、なるべく手があいている人にお願いして付き添ってもらい通院していた。だが、2週間毎日付き添ってもらった上、点滴は一回につき2時間くらいかかるだろう。それを待っててもらうのは忍びない。
病室は個室でテーブルや椅子もついていて、テレビもある。食事は部屋で取れると言うし・・。だが、点滴のためだけに入院するなんて贅沢だな、毎日一人で頑張れば2週間位なんとか通院できるだろう・・などと今、どちらにしようか迷っているところだ。
だがこの日私は、この話がぶっとぶような事実を知ることとなった。
私は、「パキシル」という比較的新しい薬を治療のメイン薬として飲んでいる。
今の先生にたどり着くまで、2度ほど病院を変わったのだが、どの病院でもこのパキシルを処方されていた。だが、それぞれ先生方の、この薬に対する認識が皆違うのだ。
私は年齢の事もあり、最初の先生に「薬を飲んでいても、妊娠できますか?」と聞いた事がある。その先生は、「妊娠がわかった時点で薬を止めれば大丈夫ですが、止めると病気がまた悪くなるので、薬を飲まなくなってから妊娠は考えてください」と私に言った。
そして二人目の先生は、「パキシルは新薬だから、データがない。どんな奇形児が生まれてくるかわからないので、薬を止めてから3ヵ月後であれば、妊娠しても大丈夫でしょう」と言った。
この病気、症状が治まっても、再発防止の為に薬を飲み続けなければならない。
30代後半だというのに、この先何年薬を飲み続けるのか予想もつかない。
だから私は、子供を持つ事を諦めるよう自分に言い聞かせてきた。
今の先生も、あと2年くらいは薬を飲まなければいけないだろうと言っていたし。
もうその時が来ても、私には妊娠する力は残っていないだろう。
そして今日、私がもっとも信じている今の先生に同じ質問をしてみた。
すると、「まったく問題ありませんよ」というではないか。
私は一瞬耳を疑った。そして「え?妊娠初期でもですか?飲み続けても赤ちゃんに何か支障をきたさないんですか?今まで、新薬だからデータがないとか、妊娠したら薬を止めなければいけないとか、体から薬がぬけるまで3ヶ月かかるとか言われて諦めていたんですがっ」とまくし立てた。
先生は、ゆっくりと、だが力強く私に言った。
「子供に奇形が出る確率は、薬を飲んでいない場合と同じです。ただ、授乳期だけは気をつけなければいけませんが」と。
そして「それと、病状が落ち着いてからでないと、妊婦本人が辛くなるので、症状が安定するまでは待ってくださいね」と。
私は頭がぼーっとした。
今まで赤ちゃんとか子供とかもう考えないようにしてきたのだ。
逆に、公園デビューも面倒くさそうだし、運動会とか疲れんだろうなぁと考え、子供のいないこれからの人生設計ばかり考えてきたのである。
それなのに、私、子供産めるかもしれないんだって・・。
こうして書いていてもまだ実感がわかない。
だって、そんな簡単に頭の中切り変えらんないじゃん。
私は今の先生を信じている。
今までは、私の訴えに首をひねる先生ばかりだったが、この先生は、私が質問する事に対して、時には、紙に図を書いて説明してくれることもあれば、難しい脳の仕組みまで説明してくれることもある。一度も納得しないまま診察室を出た事がないのだ。
薬についてもこの先生の説明が一番納得できた。とするとやっぱり、産めるのか。
そして、だんだん頭の中が落ち着いてくると、私はものすごく怖くなってきた。
だって、今の先生に出会わなかったら、私の人生大きく変わってたかもしれないのだ。
テレビや雑誌で「名医」について特集される意味がようやくわかった。
ひとごとでは決してない。病院も医者も私達患者が選ぶのだ。
自分にとって最良のパートナーになれる医師を選べる目を、これからは養っていかなければならない。
だって、自分の人生、医者に変えられちゃたまんないじゃん。
えらく長文だけど最後まで読んだぞという方
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