2005年10月26日

子の心親知らず

初恋が終わりを告げ、中学ともお別れという頃、私は、初めてちょっと反抗期に入った。今思うと、結構まともな中学生だったと我ながら思う。

私は、突然母に「高校へは行かない」と言ったのだ。
当時の高校といえば、偏差値で区別するだけで、変わった科があるわけでも、特色のある学校があるわけでもなかった。私は皆が行くからという理由だけで学校へ行く気にどうしてもなれなかった。高校へ行く意味が見出せなかったのだ。人生の意味について、この頃の私は考えていたと思う。

私は部活でも活躍し、勉強もそこそこ。
問題なんてもちろん一度も起こしたことがない。
だが、この時だけは、母が学校に呼び出しをくらい、先生と3人で話をした記憶がある。先生が言ったことは、殆ど覚えてない。おそらく延々と「高校生活の意義」について話してくれたのだと思うが、私の心には伝わってこなかった。

だが、学校を出て、母と二人で家に向かって歩いている時、母が「高校行かないなら、どうするの?働くの?働くのって大変なのよ。学校へ行く方が働くよりよっぽど楽だと思うけど。」と言ったのだ。私は、驚いた。“え?高校へ行かなかったら働くのか?”と。家に帰ってから高校生の姉にも「働くより学校行った方が楽だよ」と言われたのだ。“やだ、そうなんだ・・”ゴネゴネ言ってる場合じゃない。
私は一気に方向転換し、高校受験の準備に取り掛かり、無事、高校生になった。

そして、何となく高校生活を送ると、大学受験までした。
私の頭の中には“働くより学校へ行く方が楽”と中学3年生でインプットされてしまったからだ。この時結構家族にいじられた。「高校行かないって言ってたのにねぇ〜」と。

大学は高校と違っていろいろな科があり、特色がある。
だが、この頃の私もやはり、やりたいことなどまだ見つかっていなかった。
当時は「良い学校へ行って、良い会社に就職すること」が幸せな道だと言われていた時代だ。学校は一種のブランドだった。

そしてまた母が言った。「女の子はね、お嬢様学校へ行くのが一番」と。そして、お嬢様学校と言われている学校へ進学した姉も「うちの学校すごく楽だよ。休み多いし、単位は楽に取れるし。」と言った。私はもう“楽”という言葉に敏感に反応するようになっていた。そして私は、運良く姉と同じ学校にギリギリで引っかかり、インチキお嬢様になった。

世の中と言うのは、幾つになっても学校名で人を決め付けるところがある。私が働かずにぷらぷらしていても、「お嬢様だから」と言われる。
インチキお嬢様の私でも、度々そういう扱いを受けることがあり、私は、世の中の固定観念を存分に利用させてもらうことができた。母はそれを見越して、私にその手の学校をすすめたのだろう。

母は、30を越えてもまだ家にかじりつき、骨の髄までしゃぶりつくそうとしている私に、何度も「育て方を間違えた」と言っているが、そんなことは、全然ない。母は、私にイバラの道を通らないよう育ててくれたのだ。おかげでマイペースな私は、ゆっくり自分のペースで、自分なりの人生を見つけることができ、そして、そこへ向かってゆっくり少しずつではあるが、進んで行けているのだ。

だが、これから先は、他の人よりイバラの道が待っているような悪寒がする。。

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この記事へのコメント
おはようございます(^0^)
親の一言って意外と影響大きいですよね。
うちは兄の進学には熱心でしたが私に全く「勉強しなさい」と言われませんでした。
そのおかげでのほほんとしていたのですが、高校3年のある日進路調査表を見せたところ母から「一生働く気で勉強したいなら大学行かせてやる、でも結婚して仕事やめるなら行かなくていい」
その時はなるほど〜と思い、18歳のOL(今は言わないですよね)見習いとなりました。
友人達からは「専門学校くらいは行かないの?」と聞かれましたがすっかり勉強しない子になっていた私は考えてもいませんでした。
今思うと、大学に行けていたら勉強だけでなく様々な経験ができたかなぁとちょっと後悔しています。
母からは「手に職をつけなさい」も言われました。とても現実的な母でした(^^;)
yukikoさんのお母様は娘さん達に一番良い道を考えて下さっていたんですね。
Posted by かつみ at 2005年10月26日 08:54
最近僕は朝の通勤の携帯でこのエッセイを読んでいます。新聞や小説よりもおもしろいで〜す。
あれこれ考えながら仕事しています。これからもがんばってね。
Posted by かず at 2005年10月26日 13:54
親は、その時 これが一番いいって思うことを言ってくれるんでしょうね。
yukiko姫、自分のやりたいことをやれるんだから、険しくても きっと、茨の道も楽しく歩いていけますよ。

私も いろいろあって、やっと自分のしたいことを自分の思うように 今 やっと進めてる気がします。

お互い、茨も踏みつけながら マイペースで進んでいきましょう〜〜
Posted by はなもぐ at 2005年10月26日 13:58
かつみさんへ
なるほど、です。
私も姉と違って何も期待されていなかったので、のほほんとしつつ、自分で自分の進路を考えなければという気持ちがありました。
うちの母は、「手に職をつける」っていう考え、全然なかったと思います。
今となってはそういうアドバイスがあったらなぁと思います・・。
ミーハーというか、見栄っ張りと言うか、娘の為を思っていたのか?と今気がついちゃったりして。


かずさんへ
今はお仕事の真っ最中ですね。
通勤の退屈しのぎになっていたら嬉しいです。
私、通勤電車がすごく嫌いで、一番時間のロスだなって思ってたんです。
なんか暇つぶしがあればと思っていて。
私のブログがそういう活用のされ方をしているのはとっても嬉しいです☆
Posted by yukiko at 2005年10月26日 14:31
はなもぐさんへ
そうか、たとえイバラの道でも、自分のやりたいことの為のイバラだったら、楽しく乗り越えられるかもしれませんね。
マイペースが一番、茨バシバシ踏みつけていきましょう!
Posted by yukiko at 2005年10月26日 14:33
そんなふうに言われると僕も嬉しいです。やっと仕事が終わり雨の中帰宅中です。
点滴が終わったら、江戸川橋付近の出版社に駄目もとでアタックしてみたら?イバラの道のことを考えるよりそのほうが人生楽しいよ。今のうちにサイン本10冊予約しておきます。笑。
親元を離れる前は不安だったけど独りでもなんとかやっていけるものです。
イバラの道は意外と舗装道路かもよ。
Posted by かず at 2005年10月26日 17:18
かずさんへ
サイン本10冊ご予約ですね。
その言葉何年経っても忘れないで下さいね、ここに残しておきますから〜。
そうですね、イバラの道と決め付けるのもよくない。
もっともっと快適な舗装道路が待っているかもしれない。
そう考えることにします☆
Posted by yukiko at 2005年10月26日 17:37
お言葉に甘えてまたお邪魔します。
自分の大好きな浅田次郎も遅咲きの作家でしたが大輪の花を咲かせました。
yukikoさんも頑張って下さい。
Posted by ウィンザークロス at 2005年10月26日 18:05
そうそう人生何が起きるか分からないですよ〜。
一番楽なのは、結婚しちゃうことかもね。
僕なんかその時のために、鍛えてますから。
相手もいないのに虚しい努力ですが…。
独身同士がんばりましょうね。

病気の回復のためには明るいことを考えるのが一番!
でもイバラの道のエッセイも楽しみにしてるよん。
いろんなことを書いてほしいな。
yukikoさんのエッセイ読んでると、いろんなことを考えさせられて、悲しくなったり、笑ったり、勇気もらったりしています。

みんなyukikoさんのこと応援しているみたいだね。
ファイトだ未来のエッセイスト!ぽち!


Posted by かず at 2005年10月26日 20:15
ウィンザークロスさんへ
ありがとうございます!
大輪の花、どんなに遅くなっても咲かせてみたいです☆
どんどん遊びに来てくださいね!


かずさんへ
いえいえ、結婚は楽な道じゃないですよ〜。
自分がしっかりできなきゃ他の誰かを幸せになんてできないですもん。
だから、私も今は一生懸命治療して、鍛えられるよう頑張ってます☆
かずさん、お互いがんばりましょう!

これからもいろいろなことを書いて行きたいと思っています。
応援は本当に嬉しいです。
以前は16位〜17位をウロウロしてたのに、今は13位〜14位をウロウロ!
前に進んでます。
ぽちのおかげです、ありがとうございます☆
Posted by yukiko at 2005年10月26日 22:15
そうだよ〜。自分がしっかりしなきゃね。自分を磨くためにやることたくさんあるよね。がんばりましょう。
順位あがったんだ〜。僕も嬉しいです。
Posted by かず at 2005年10月27日 16:03