2005年07月30日

夫婦の不思議

犬の散歩をしていると、時々とても素敵な老夫婦と出会うことがある。二人とも穏やかに何か話をしながら、散歩を楽しんでいる。どんな話をしてるのかはわからないが、多分、なんてことないごくごく普通の会話をしているのだと思う。私にはとても羨ましく、いつも“どうしたらあんな素敵な夫婦になれるのだろう”と思わずにはいられない。

私の父は、早稲田大学を卒業し、総合商社で長いこと営業職をしていた。接待接待の連続で、平日の夜、父と一緒に食卓を囲んだ覚えは殆どない。たまに早く帰って来ても大抵不機嫌で、私たち子供に当たることも多かった。いきなりテレビのチャンネルを何も言わずに野球に変えてしまったり、自分がお風呂に入りたい時に誰かが入っていると怒鳴ったりした。

思春期特有のものなのか、それとも私と父の問題なのかわからないが、中学生になった頃、私は殆ど父と話をすることがなくなっていた。
父はいつも自分中心の生活をしていた。機嫌が悪ければ感情をそのまま私達にぶつけるし、機嫌がよくなると、まるで別人のように子供にベタベタしてくる。私はそれが特にいやだった。

最近になって、母にいろいろ新婚当時や私たちが幼かった頃の話を聞くと、信じられない話が出てくる出てくる。当時の母は「養ってもらっている」という意識が強かった為、父の言うとおりに生活してきたという。私には覚えがないが、小学校6年の時、私は学校で「お母さんがかわいそう」という内容の作文を書いて、担任の先生に心配されたそうだ。かなり“俺様”だった父・・。

父は常に「良い学校へ行け。良い会社へ行け」と口にしていた。
今になれば、そのことも決して間違いではないことはわかる。やはり環境は大事だ。良い学校や良い会社にいる人が良い人とは限らないが、少なくとも大企業に入ると、職場環境や待遇がかなり違う。きっと父は、それが言いたかったに違いない。だが、父の言葉は当時の私には届かなかった。

そんな父が定年を迎えて毎日家にいる日々がやってきた。
会社に行かなくなって2〜3年は、出勤していた当時のように、同じ時間に起き、同じ時間に食事をしていた。だが、それ以外に父は何もせず、ただ毎日テレビを見ては昼寝をしていた。
母はだんだん苛つき始め、父に「何か始めたらどう?」と勧めるようになった。だが、仕事一筋で来た父に、いきなり何かを始めろという方が無理がある。一番父に似ている私は、父の気持ちが誰よりもわかった。しかもその頃の私は、仕事に疲れていたので“散々時間にしばられるサラリーマン生活をしていたのだから、好きにさせてあげればいいのに”と思っていたほどだ。

だが、父はその後も何もしないまま数年を過ごしてしまった。
父にとっては、早稲田大学卒業、大手総合商社勤務。これがすべてだったのだろう。今でも過去の栄光(?)を引きずり、その呪縛から逃れられずにいる。何をするにも高い高いプライドが邪魔をしてしまい、どこにも馴染めずにいる。だが、自分を大きく見せようとすることだけは忘れない。そんなこと自信のない人間がすることだ。地位と共に自信も失ってしまったのだろうか・・。

そんな父を見て、母は何度も癇癪を起こす。それに対し父は小さくなり子供のように言い訳を繰り返す。パリッとスーツに身を包んでいたあの頃の父の姿は、残念ながらもう見る影もない。

夫婦の立場は逆転した。自分の意見を通す母と、何を言われても我慢する父。お互いの言い分が私にはわかる。だが今更、二人ともお互いを思って変わることは難しいのだろう。「別れたら?」と母に言ってみたものの、なぜかそういう方向に話は進まず、相変わらず喧嘩をしながら、お互い文句を言いながら、一緒に同じ毎日を送っている。

夫婦って不思議。私には、実りのない喧嘩に聞こえるが、実は二人にとってはあの喧嘩が普通の会話なのかもしれない。

でも私はやっぱりもっと穏やかな会話のできる夫婦になりたい。
散歩の途中で出会った老夫婦のように。

でも、実はあの二人も家では豹変してたりして。。

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この記事へのコメント
夫婦というのは不思議な絆をもっていますね〜
私の父母は見事に「共依存」です(笑)
そのうちに私のブログに詳しく書きますが、なかなか不思議な関係です。
傍から見たら「別れたほうがいいのでは?」と思えても、本人同士は別れという選択肢を全く考えてない。それでいて文句はタラタラ・・・・。どう見てもお互いにマイナスなのでは?と思えてもくっついている。本当に不思議。

だけど、最期のときに
「あなたと一緒でよかった」と思えるのかな・・・・・。

Posted by ナナっち☆ at 2005年07月31日 03:10
ナナっち☆へ
うちと同じ感じですね、共依存っぽい。。
ほんと、お互いマイナスなのでは?と思うんだけど・・。
ただ、父も母も「子供の実家がなくなる」という気持ちがあるようで、その辺はとても感謝しています。特に、姉が日本に来た時のことを考えているみたい。。
Posted by yukiko at 2005年07月31日 10:17
夫婦って言うのは、長い時間をかけて妥協の世界を作り、それは何かの共通項でしか計ることが出来ない関係かもしれません。
仮面夫婦というのでしょうか、仮面をかぶるのは自分の為ではなく、相手のためでもなく、そして世間の為ではないのです。私たちの場合は・・・。
子供のためなのですね。ジッと妥協と我慢です。
その子供にも私が親から受けた情け以上を与え、もう大学を終え会社勤めをしています。
もう良いのではないかと思っています。
ただyukikoさんに仰るように「子供の帰るところ・・・」が心配ですね。
でも何時か・・・。

yukikoさん、子供のためだけではなく、彼とふたりの為の人生も楽しんで下さいよ。
Posted by 棟梁 at 2005年07月31日 10:55
棟梁パパへ
いつも本当に深い話をありがとうございます。
“子はかすがい”とは言いますが、そのために、親としてはいろいろ責任を果たさなければならない。。本当に親になるっていうのは大変なことなんですね。パパ、これから自分の人生を楽しんで。きっと社会人になったお子さんは理解してくれるはず。あれだけ父と仲が悪かった私でさえ、今父の気持ちが理解できるようになったんだもん。
夫婦になったら、夫婦の時間を楽しめる二人でいたいと思いました。
また、いろいろ教えてください!!
Posted by yukiko at 2005年07月31日 11:19
昔から私に母はいつも父の愚痴を私に言ってきます。
歳をとったせいか怒りっぽくなったり、あ〜ちゃんと厚生年金をもらえる会社勤めの人と結婚すればよかった等など。
夫婦共働きでも家計が苦しかったのは知っていましたが。
もう半世紀近く一緒に居るんだから今更言ったって、と思ってしまいます。
それに義父の遺族年金と保険金と遺産でお金には全く不自由していないけど、義母は1人でとても寂しい思いをしてきたように思えます。
文句言いつつ夫婦共白髪は幸せな事かもしれません。

子供から必要とされなくなったら、また元の2人に戻るんですよね。
うちの場合障害児の息子が居るので難しいかもしれませんが、もし2人きりになったら会話も無いんじゃないかと今から心配です(^^;)
Posted by かつみ at 2005年07月31日 15:54
子供と、羨ましくお互いとかすることだ
ランたちが、ネットでお互いを生活したよ♪


Posted by BlogPetの「ラン」 at 2005年07月31日 16:13
ランちゃんの言葉になんだか胸を打たれちゃいました(^^)
うちの両親結婚生活半世紀近くといっても、もうすぐ40年ほどでした。
それでも長いですね。お互い生活ですねv
Posted by かつみ at 2005年07月31日 17:11
実は私もランちゃんの言葉にピピピっときた1人です。

「お互いを生活したよ♪」ってとても楽しそう(⌒-⌒)
そう、それなんだよ。
お互いに生活を織り上げていくんだよね。
どちらかが苦しかったり我慢するんじゃなくて、苦しいことも楽しいこともみんな含めて一緒に生活していく。
こんな簡単そうなことが一番難しい。
次は成功できるかな〜・・・・とふと考えたナナっちでした。

>かつみさん、いつもおおらかで優しいコメントには癒されます。
 
yukiko姫、暑いけどランちゃんは元気ですか〜?
Posted by ナナっち♪ at 2005年07月31日 20:53
かつみさんへ
母親は子供に父親の愚痴をいいがちですね。。
私は今は両方から言われる板ばさみ生活です・・。
ただ、二人になったら二人になったでまた新しい形に変わっていくのでは?と思うので、そろそろお邪魔虫は消えなくちゃって思っています。

ランの言葉、まだまだめちゃくちゃだけど、随分おしゃべりが上手になってきたみたい。頑張って上手に喋れるように育てなくちゃ☆


ナナっち♪へ
ほんと簡単そうなことだけど、実は難しいのでしょうね。。
かつみさんのコメント素敵ですね☆

ランのことまでお気遣いありがとう!!
なぜか一番暑い時間に散歩に行きたがり、連れて行くと今にも倒れそうな歩き方をしてる。。一日中寝てますが、なぜか早朝に「外に行きたい!」と言ってワンワン吠えるので、人間がやや参り気味です・・。
でも、ランは元気!今も私をいや〜な目で寝ながら見てました・・。
Posted by yukiko at 2005年08月01日 00:02
夫婦もカップルも二人の雰囲気ってみんなそれぞれだよねー。
Posted by ねこ茶 at 2005年08月01日 16:53
ねこ茶さんへ
そうですね。。それぞれがそれぞれの形で幸せであればそれでよし!ですね。ねこ茶さん、また遊びに来てください!
Posted by yukiko at 2005年08月01日 19:26
わしも大手総合商社に勤めとったが、定年後、皆さん「わ〜い、遊んだる〜♪」と意気揚々で出て行きはるねんけど、だいたい3ヶ月〜半年で、「退屈や…」ちゅーて、何らかの仕事を始めはるねん。「今度はアタマ使わん仕事がええな、駐輪場のおっさんとか」なんて言う人もいた。
性格にもよると思うけど、わしの印象は「この人ら、サメみたいにずーっと泳いでなあかんねんな…」と思うた次第やねん。
Posted by 由巳ゆみ at 2005年08月02日 17:12
ゆみちゃんへ
うわぁ、完璧な関西弁だ。インターネットしてるんだわってひしひしと感じちゃった☆
ところで、ゆみちゃんの周りにいた定年後のおじさん達は、立派だと思います。うちの父もそうだったらいいのになって。
多分、仕事も本当は好きじゃなかったのかもって思います。無理して泳いでたんだろうなって。そう思うと理解してあげなくちゃいけないかなって。。
Posted by yukiko at 2005年08月02日 21:31
yukikoさん
私は長い間、父のことを「こんな亭主関白みたことない」と思っていました。あれこれと文句も多いし、それを「はいはい」と聞いている母にも腹が立ったりもしていました。
そんな父が、今年の冬、急に倒れて病院に担ぎ込まれました。
私が父の見舞いに行った日、父は私にほとんど聞こえないぐらいの小さな声で「おかあさんと結婚して良かった。」そう言いました。
病院から帰る途中、実家に寄って母に「お父さん、こんなこと言ってたよ」と伝えると、「今頃わかったのかしら」と憎まれ口をききつつも、母の顔はとても幸せそうでした。
夫婦のことは、子供には解らないものなのですね。
その日から、両親の子供として生まれてきた事を感謝し続けています。
父と母から交互に愚痴は聞かされるものの・・・(苦笑)
Posted by 裕子 at 2005年08月10日 17:46
裕子さんへ
お父さんは心の中ではいつもお母さんに感謝していたのでしょうね。お母さんの憎まれ口も素敵。お母さん、すべてお見通しだったのかもしれないですね。本当に素敵なご両親ですね。
実家に住みついてる私は、毎日“親孝行”と心の中で念じながら、二人の間の通訳として頑張っています・・。
Posted by yukiko at 2005年08月11日 12:41