2005年06月15日

束の間の夢

パリッとしたスーツに、知的な眼鏡が良く似合う男と知り合った。仕事の話をしている時の彼は生き生きとしていてとても素敵だった。上場企業のエリートサラリーマンで年は3つ上。結婚相手にもってこいだ。運良く二人で話す機会に恵まれ、休日に食事をする約束を取り付けた。“よし!私もやっと年貢の納め時が来た。チマチマ働く生活ともこれでおさらばさ。華麗な専業主婦生活に突入だ”心躍らせ気合を入れて約束の場所へ向かった。

約束よりほんのちょっと先についたので、私は最高の笑顔で彼を迎える準備をした。するとなんだか冴えないおっさんが私に近づいてきた。でも、今嫌な顔をするのはちょっとまずい。彼にどこで見られているかわからない。気を抜くな。そう思い、早くどっか行ってくれと願いながら笑みを絶やさずにいた。

するとそのおっさんが「いやぁ、お待たせ」というじゃないか。え?この人があの人?

四半世紀前のストーンウォッシュのジーンズからのぞく白い靴下。黒い革靴。紺ブレに白髪まじりのボサボサ頭。で、でも、確かにあの眼鏡だ。私は動揺を隠し切れなかったが、“洋服はいくらでも後から変えられる。落ち着け落ち着け”と自分にいい聞かせ続けた。

彼はニコニコしながら「お店は決めた?できればちょっとつまむ程度のお店がいいね。飲茶、いいじゃない。じゃぁ、そこに行こう」と言うので二人で飲茶のお店へ入った。そこは高級なお店じゃない。彼に失礼じゃないかとも思ったが、彼は満足そうだったので安心した。

私達はいろいろな話をした。テレビドラマの話、仕事の話、お金の話。一番彼が熱心に話したのは、いかにお金を使わないかという話だった。「節約?そんなこと言ってる奴はお金なんか貯められない。そういう奴らの為に本を一冊書いてやりたいくらいだよ。今出てる本よりよっぽどいいものが書ける」そう言って彼はピータンを口にした。

このあたりから私はだんだん疲れが出始めた。なぜなら全然笑えない。“笑みを絶やさない”というのがその日の課題だったから、始終私はニコニコ話を聞いていたが、それがだんだん辛くなってきたのだ。だが、それが功を奏したようで、彼は「僕はあまり人に受け入れられないんだ。だから君みたいに一生懸命話を聞いてくれる人と食事をしたのは本当に久しぶり。すごく嬉しいよ」と言ってくれた。その時の彼の寂しげな横顔を見て“私、もしかしたらこの人のこと理解できるかもしれない。きっと私が唯一の理解者になれる。彼の貯金で夢のような専業主婦生活が送れるかもしれないわ”とその時はまだそんな甘いことを考えていた。

だが、やはり彼は難しかった。IT関連の仕事をしているのに家にパソコンがないという。調味料はもったいないから一切ない。そのくらいならまだいい。会社の歓送迎会等は時間とお金の無駄だから一切いかないという。人よりお金の方がよっぽど大事なのか・・。私もケチだが、彼は桁違いのケチだった。

2時間ほど話した後、彼が会計を済ませてくれた。レシートをしばらく眺めた後、店員を呼んでレシートの内容についてもめはじめた。結局和解し、お店を出た。私はこれまでデートの会計の際、レシートをチェックした男を見たことがない。“なぜ今日それをするんだ。今日ぐらいは我慢してくれ”そんなオンナ心は彼には想像もつかなかったことだろう。

彼は車で来ていたようで、私を近くの駅まで送ってくれると言う。“え?車なんてとんでもないんじゃないの?”私の心の声が聞こえたかのように「あぁ、これ?隣のおじさんに借りてきたんだよ。その代わりパソコンの修理をする約束をしてね。今日は帰ったらすぐやるんだ。日曜日の夜は8時には家にいたい。だから、そろそろ帰ろう」とにっこり笑った。「・・・はい。」駐車場料金は800円だった。私は食事をご馳走になったから駐車場料金を払おうとバックからお財布をゴソゴソ出そうとしていた。彼は何も言わず私が財布を取り出すのを待っていた。そして千円札を渡すと「これくらいいいよ」と言いながら受け取った。

彼がもっと私の話に耳を傾けてくれていたら、違った展開があったかもしれない。だが彼は、会話の途中で「僕はね、自分の価値観を否定されるのが一番いやなんだ。それはすなわちこれまでの僕そのものを否定するのと一緒だからね」と言っていたのだ。だから私は言いたいことがあっても、何も言わずただニコニコしていた。その席で激しく議論をするほど彼に対してもう興味はなくなっていたのだ。

「君一人くらいいくらでも養ってあげるよ」この言葉はちょっと魅力的だったが、こういう相手と生活すると常に相手の顔色を伺わなければならないだろう。どうせ一緒に生活するなら、私の顔色を伺ってもらいたいってもんだ。

エリートじゃなくたっていい。
チマチマ働いてくれて、私の話に耳を傾け、くだらない事で笑える相手。そんな相手と一生を共にできればそれで私は充分幸せだ。

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この記事へのコメント
yukikoさん、コンバンワ。

いますよね〜自分の価値観を押し付けてくるヤツ。(笑)
私もそうならないように気をつけなくっちゃ!

Posted by かりん at 2005年06月15日 23:50
かりんさん、こんばんは!
そうそう、実は私もホントは価値観押し付けちゃう時結構ある。特に私は「絶対私は間違ってない」と思っちゃう。ほんと私も気をつけよう。。。
Posted by yukiko at 2005年06月16日 00:02
私もあるよ、実際。(笑)
自分は気づかないってところが曲者で
他人に指摘されて「またやってしまった?!( ̄□ ̄;)」ってカンジ。
わかってるんだけど、難しいよね…。価値観も人それぞれだし。

でも、このオトコはひどすぎ。(笑)
Posted by かりん at 2005年06月16日 00:07
うわ〜っっっこの人イタすぎますっ
こんな人と一緒になったら、毎日気疲れしそう。

辛い1日でしたね〜

ほんと、自分も気をつけようと思いました。

Posted by ナナ at 2005年06月16日 01:17
こんな男まさに珍獣ですね・・・。
僕が言えた義理じゃないですけど(’’

僕的には普段着がヤヴァイってのが一番キツイですね。
もともとアパレルで販売してたからってのもありますけど・・・。
服装がだらしない人は大抵お金にケチで、
性格も個性的な人が多いな・・・^^;

ここまでケチケチしてたらお金は貯まるかも知れませんけど・・・。
失うものの方が多い気がします・・・。気持ちも狭くなるし、
「お金いっぱい、中身カラッポv」言い過ぎ?(笑)
Posted by れおん at 2005年06月16日 07:24
かりんさん、
やっぱりひどい?時々、「私理解できたんじゃないか」とちらっと思いますが、やっぱり無理だろうなぁ。。



ナナさん、
ねぎらいのお言葉ありがとうございます!
人の振り見て我が振り直せですね、まさに。。



れおんさん、
“服装がだらしない人は大抵お金にケチ”か。なるほど、そういう目で見たこと無かったからこれから観察してみようと思います。
彼はお金を得た代わりに失ったもの多いと思いました。自分でもややそれに気付いてるようでしたが、認めたくないという気持ちが強いようです。
いろんなものに対して怒りを抱えてました。悲しいことですね。。

Posted by yukiko at 2005年06月16日 11:32
IT関連の仕事なのに家にパソコンがないなんて、信じられない。
一体何者なんだ〜??

お金の価値観は同じくらいでないと、一緒にやっていけないと思うわねー。
特に、こういう極端な人の場合は…。
Posted by 由巳ゆみ at 2005年06月16日 16:09
由巳ゆみさん、こんばんは!
私もパソコン持ってないって聞いたとき、すんごく驚きました。ちなみに新聞もとってないそうです。。
お金持ちがいい!と常々口にしてたけど、“ただ持っている”だけじゃダメなんですよね。。そこんとこが難しいわ。
Posted by yukiko at 2005年06月16日 22:46