2005年12月19日

傷を癒して・・

正直な男性と言うのも良し悪しである。

A君は、恋愛感情がなくなってしまった口うるさいB子ちゃんと、別れるかどうしようか悩んでいた。なぜなら、B子ちゃんに恋愛感情はないものの、趣味が合い、遊ぶにはちょうどいい相手だったからである。なんとなくB子ちゃんをそばには置いておきたいものの、先はない。その上A君には前から気になるC子さんがいた。彼は、一人になるのが嫌だった。だから、B子ちゃんとの別れを迷っている間に、C子さんとうまくやっていけるかどうか先にコンタクトを取り、C子さんがOKしたところでB子ちゃんに別れを切り出したのである。

こんなことは、恋愛においてはいくらでもあることであり、誰が悪いと責めることではないだろう。だが問題は、その事実をA君がB子ちゃんに話してしまったことである。

B子ちゃんは何も知らず、別れを受け入れ、A君との思い出を胸に封印し、苦しみから抜け出そうと必死になって頑張っていたのだ。ところが、A君はそんなB子ちゃんに、別れて一週間しか経っていないというのに、既に新しい彼女ができたこと、そして、その彼女と近々一緒に住むことなどを、B子ちゃんに何の気なしに喋ってしまったのだ。

別れの辛さというのは、時間が解決するものだ。
B子ちゃんにとって、最初の一週間は辛くて重い日々だったであろう。やっと一週間経ったのだ。そこへA君は、現在の状況を洗いざらいB子ちゃんへ話した。何も知らなければ、次の一週間はちょっとは楽な状態になったはずだ。だが、B子ちゃんは、一週間前よりもっと辛く苦しい時間を過ごさなければならなくなってしまったのだ。

その上、A君はびっくりするような提案をB子ちゃんにしたのである。
「これから先も友達として、一生関わっていきたい。B子のそばにいて、一緒にいろいろなことをやっていきたい」と。

別れた後に友達になるケースはあるだろう。
だが、別れて一週間しか経っておらず、B子ちゃんはA君の前で涙を流して別れを受け入れたのである。だが、A君はそんなことなど関係なく、B子ちゃんを都合よく友達としてとっておきたいと告げたのだ。自分には既に彼女がいて、今は楽しいといわんばかりの調子で。。

B子ちゃんの傷つき方は尋常ではなかった。
なぜなら、B子ちゃんが「そんなことしたら、C子さんだって嫌がるでしょう?」と聞いたところA君が「C子もB子と友達になりたいと言っている」と言ったからだ。もう二人の間で勝手にB子ちゃんと仲良くなる算段までしていたのである。

B子ちゃんは、A君だけでなくC子さんも無神経な人だと思ったという。だから、お似合いの二人だと思ったそうだ。だから「二人でこれから仲良くやって行けばいいでしょう?私はもう関係のない人間。私は二人と関わるつもり全然ないから」と言ったという。だがA君は、それを受け入れず「B子とこれからも一緒に遊んだりしたい」と言い続けたそうだ。

しかし無神経な二人だと思った。
もし、私がC子さんの立場だったら、付き合い始めた彼が、別れた彼女と友達になって欲しいなどと言ったら絶対に断るだろう。自分の好きな人が、別れた彼女とこの先ずっと仲良くしていくなんて考えられないからだ。それを一緒に友達づきあいしようというC子さんの気持ちもよくわからない・・。

B子ちゃんは、別れた事実そのものより、その後の一連の出来事に、よりショックを受けて苦しんでいる。

A君は、確かに正直で、ありのままの状態を話し、その上でB子ちゃんと「お友達」になりたいと言ったのだろうが、大人である限り、相手を気遣い、言ってはいけないことかどうか判断するべきではないだろうか。

だがA君は、それができない子供だったのである。
子供は正直で、時として残酷な言葉を発する。
A君は残酷な子供だったのだ。

そのA君に、バツ一で子供がいるC子さんとうまくやっていけるのだろうか?
私は、罪のない子供だけは傷つけて欲しくないと思った。

B子ちゃん、頑張れ!!

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2005年12月17日

感動した!

この二日間、フィギュアスケートに釘付けだった。
なんとなく選手の名前は知ってはいたものの、どんな滑りを見せてくれるのかまったくわからないままの観戦だったが、もううっとり見入ってしまった。

日本人の体型も随分変わったものだと思う。
以前は、体型だけで外国人選手の方が美しく見えたものだが、今の日本人選手は、手足が長く、まっすぐで、柔軟性もバッチリである。その上、度胸がすごい。

これまでの日本人のスポーツにおける考え方は、ド根性物語が多く、いかに苦しい練習を積んできたかが問われ、いろいろな障害を乗り越えたものの優勝が美しいという風潮があったと思うが、今は違う。いかに多くの練習を積んできたとはいえ、そのスポーツそのものが好きであり、練習が楽しく、試合さえも楽しんでしまう。そんな考え方で臨んでいる選手達が皆活躍するようになった。

ド根性もいいが、やっぱり楽しんでやってもらった方が、見ている方も楽しいものだ。楽しんでプレイしていると、演技中の表現力もグンと上がり、外国人選手にまったく引けを取っていない。とってもチャーミングな笑顔がたくさんあった。

笑顔というのは、男女を問わず本当にいいものである。
どんなに失敗したって、自分の演技が終わったあと、笑顔を見せるか見せないかで、その選手の実力もさることながら、人として魅了されてしまうものだ。中には、演技が納得いかず、すぐにむっとした顔になった選手もいたが、本当にもったいないと思う。「次は頑張ります」と笑顔で答える選手には、どうしても応援したくなってしまうというものだ。

小さい頃から練習に励み、いろいろなことを犠牲にしてきたことと思うが、やはり、一つのことに夢中になれて、それに実力が伴い、世界の舞台で活躍できると言うことは、本当に素晴らしいことである。今迄それは、ほんの一握りの人間に与えられた特権だと思っていたが、今日は別のスポーツでそうではないことも知った。

ゴルフのフェニックスチャレンジで、最初にタイガーウッズと戦ったシニアプロの古市忠夫選手である。彼は、神戸でカメラ店を営み、震災とともにすべてを失った一人だ。目の前で生きている人が死んで行き、喪失感に打ちひしがれながらも、奇跡的に焼け残ったゴルフ道具を見て、「これだ!」と自ら生きがいを見出し、59歳11ヶ月という史上最年長でプロテストに合格した人である。

タイガーと互角に戦った古市選手は凄かった。
私は、知らないおじいちゃんが出てきて、どうしてこの人が世界のタイガーと戦うのだろうと不思議だったが、その経緯と、彼のプレーとマナーを見て、深く納得させられたのである。1ホール終わるごとに帽子を取って、爽やかな笑顔とともに周りのすべての人に頭を下げる。彼の人格そのものがプレーに表れていた。

結局、タイガーには負けてしまったものの、タイガーも彼のプレーを見て「美しい」と形容した。私もそれ以外の言葉が見つからなかった。

昨今のスポーツ事情を見ると、すべて、親が子供が小さい頃からみっちり仕込んでプロに仕立てたという感じが否めなかったが、古市選手を見て、私はものすごく勇気をもらった。

例え、すべてを失くしても、そこからまた何かをスタートさせればいいのだ。
自分で見出し、自分を信じ、生きていることへの感謝の気持ちを持って、真摯に向かい合えば、きっと誰でも“選ばれた人”になることができるのではないか。
そう思わせてくれた古市選手に、これからもたくさん美しい姿を見せて欲しいと心から思った。

アスリートから教わることは本当に限りがない。
性別も年齢も国境も何も関係ないのだ。

改めて私のゴルフへの情熱も高まったのであるが、早朝、犬の散歩に行って、霜だらけの芝の公園に行くと、“ゴルフは冬にやるもんじゃないよね〜”と屈託のない顔をした我が愛犬に話しかけている私は、やはり普通の人であった。。

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2005年12月16日

これ、私・・?

ギャンギャン吠えるうちの犬も、寝顔は無条件に可愛くて、いつ見ても私は笑顔になってしまうし、癒してもらえる。うちの犬に限らず、その辺の野良猫もサルでも何でも、私は動物は寝顔が一番可愛いと思う。

人間も、赤ちゃんや小さい子供の寝顔は本当に可愛い。
無垢で無防備で安心しきって眠り込んでいる顔を見ると、自然に笑みがこぼれ、守ってあげたいなという気持ちになる。

では、大人の寝顔はどうだろうか?
あまり知らない人の寝顔を見るチャンスはないが、電車の中で疲れ切ったおっさんが口を開けて寝ている姿は、時として笑えることはあっても、“可愛い”と思ったことはさすがに一度もない。おっさんに限らず、女子高生でもなんでも電車の中で眠りほうけている姿はどうもいただけない。

大人同士で寝顔が可愛いと思えるのは、恋人同士だけだろうと思う。
よく「彼女のどんな時が好きですか?」と聞かれて、「寝顔です」なぁんて男の子が答えるのを聞いていると、“あぁ、この人は本当に彼女のことが好きなんだな”と思ってしまう。

テレビドラマで、綺麗な女優さんが眠っているシーンを演じていたりするが、意外と寝顔が可愛い人は少ない。目を開けているときはすごく綺麗で可愛いのに、目を閉じただけで表情は随分変わるものだ。でも、あれは演技であって、本当に寝ているわけではない。もしかしたら、スッピンの寝顔は、女優であっても電車の中のおっさんのようにいただけないものかもしれない・・。

では、自分の場合はどうだろうか?
実際、自分の寝顔を見るチャンスはなかなかないものだ。
だが、私はずっと自分の寝顔は可愛いと信じてきた。なぜだかわからないが、丸顔で童顔だから、きっと、子供みたいに天使のような寝顔をしているのではないか、と信じて疑わなかったのである。

私が27歳の時に、姉がスイス人と結婚することになり、当時住んでいたイギリスへ、母と一緒に引越しの手伝いに行ったことがある。その頃、英語が全然できなかった私は、イギリスにいる間中、“外人と目を合わせてはいけない”と心の中で固く決意し、体全体で“私に何も聞かないでオーラ”を出しまくっていた。その姿を見た姉が、「私の友人達に対して失礼だ」と物凄い勢いで怒り、軽蔑の眼差しで私を見ていたが、悪いが仕方ない、という気持ちで意志を貫き通させてもらった。

慌しい時間の中に、ほんの少しほっとできる時間がやってきた。
私は、今までの疲れが出たのだろう、すぐに眠りに落ちてしまった。
その時だ、姉が私の寝顔を写真に撮ったのである。

たくさん写真を撮ったので、現地ですぐにプリントした。
赤い2階建てのバスやバッキンガム宮殿にまじって、私の寝顔がバ〜ンと出てきた。

私は物凄いショックを受けた。
自分が想像していた寝顔と全然違うのだ。
そこに写っていた私は今迄見たこともない私だった。
歯を食いしばってる為か、口はとんがっていて、眉毛は波打ち、とっても苦しそうな顔をしている。可愛くないどころかとっても醜い寝顔だった。

大笑いしている母と姉に、「これさ、私、疲れてるからこんな顔して寝てるんだよね?」と聞いてみると、家を出るまでずっと一緒の部屋で過ごしてきた姉が、あっさり「ううん、いつもこんな顔して寝てるよ、ね、ママ?」と言った。そして母も「そうそう、いつものあんたよ」と言ったのである。

寝顔だけはどう頑張っても自分で作ることができない。
起きている間にどんなに笑顔を振りまき、可愛い仕草をしても、これを見られちゃ台無しである。

遠い昔のことで忘れていたのに、写真の整理なんかしなければ良かった。
久しぶりに自分の寝顔を見せ付けられて、気分が悪くなってしまった。

こんな苦渋に満ちた寝顔でも“愛しいよ”と言ってくれる人がこの世の中にいるのだろうか?

だが、あれからもう10年近く経っているのだ。
今はとっても安らかな寝顔をしているかもしれない。
今度、母にお願いして、私が昼寝をしている時に寝顔を撮ってもらおうと思う。

年を重ねて優しい寝顔になっているか、それともますます醜い寝顔になっているか。
とっても不安だが、その反面、とっても楽しみでもある。

どうか、可愛くなくてもいいから“普通”の寝顔になっていますように・・。

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2005年12月15日

もう逃げ道は作らない

え〜、今時?と言われそうだが、私は“お嫁に行く時は、実家から”と決めている。

千葉に住んでいる私は、横浜の短大も都内の職場へも実家から通うことができ、また、実家の居心地も良かったことから途中何度か悩みはしたが、今まで一度も一人暮らしというものを経験したことがない。通学、通勤時間はかかっていたが、天秤にかけたらそれよりも実家暮らしの方が楽と判断していたからだ。

30を過ぎた頃、結婚して家を出ていた姉に何度も「家を出て、一人でやってみたら?じゃないといつまでも実家を出られないよ」と言われ、実際物件を探しに行ったりしたものの、見る度に“こんな小さくて狭い部屋にどうしてこんな高いお金を払わなくちゃいけないんだろう”と思うことしかできず、結局、何度か仮契約をしたものの、本契約には至らなかった。

私が彼氏を選ぶ基準の中に“一人暮らしの経験がある男”というのがある。
自分ができないことをやってのけているだけで尊敬に値するし、女の子は親元にいてもいいが、男は一人で立派に生きていて欲しい、という勝手な持論があるからだ。

そうこうしているうちに、地方出身で都内で働く彼と出会った。
彼は、大学進学を機に実家を18歳で出てから、ずっと自分の力で生活してきた人だ。
アパートの契約から電気・ガス・水道、私にはどうやってそれらがやってくるのかわからないが、彼はもちろん全部知っているし、自分の事はすべて自分でやってきたわけだ。彼は私よりかなり年下だったが、実家でぬくぬくと生活していた私に比べて、ずっとしっかりしていたと思う。

そんな彼は、結婚願望の強い人で、かなり寂しがりやだったと思う。付き合って間もなく「一緒に住もう」と言われたが、私は“同棲”というものに、かなり抵抗があった。学生時代に、お互い地方出身で節約の為に一緒に暮らすというのとはわけが違う。私はもう30を過ぎた女で、一度家を出たらそうそう簡単に戻ってくるわけにはいかない。そういう思いが強かった。“失敗は許されない”そう強く思っていたのだ。だが、彼は、「結婚する前に一緒に住むことは決して悪いことじゃない。それに、もう結婚するつもりで一緒に住むんだから」と言った。だが、私には不安だらけだったのである。

なぜなら、私と彼のお付き合いは決して順風満帆ではなかったからだ。
2年の間に、一度別れもあり、口論も絶えなかった。その上、私はカレンダー通りの仕事、彼の仕事は曜日も時間も滅茶苦茶。だから私は、一緒に住むことに対し、喜びよりも不安の方が大きかった。だが、何かを変えたい、もし、一緒に住んだら今までうまくいかなかったこともうまく行くかもしれない、そして、その先に結婚が見えればいい。望まれて一緒に生活することができるなんて私は幸せ者だ、そう思い、不安をめいっぱい抱えたまま、同棲に踏み切ったのだ。

家を出てからの私は、今迄全部母任せにしていたことを、自分で“やらなくてはいけない”という変な力みを持ち、完璧にこなそうと努力した。仕事の帰りにスーパーへ寄り、食事を作り、週末は洗濯と掃除という生活が始まった。だが、彼には曜日の感覚がない。日曜の夜に「外出しよう」とか、生活のリズムがまったく合わなかった。当然眠る時間も違い、私が深い眠りに落ちている頃、彼が帰ってきて目を覚ますようなことも度々あった。そのうち、私の職場の方でいろいろな問題が起こり、この先仕事をしていけるのか、私はもう一つ不安を抱えることになった。なぜなら、彼は「仕事を続けて欲しい」と望んでいたからだ。

最初の頃は、彼が休みの日には食事を作って待ってくれていたりしたが、そのうちすべてを私がまかなうようになり、私が疲れて帰ってきても、彼は電気もつけずにゲームをしていたりした。私はすべてのストレスを彼にぶつけた。そんな私と一緒にいる彼も決して安らぐことはなかっただろう。

結局、私の体が言うことを効かなくなり、それまで「一度家を出たら二度と戻ってくるな」と母に言われ、戻ることを許されなかった私だったが、私の状態を見た母が、迎えに来てくれ、実家に戻ることになった。

だが、彼とはその後も続き、お互い反省し歩み寄る努力をし、なんとか関係を修復してもう一度やり直そうということになったが、私が、もう一度、前に進むことができずに躊躇していたら、彼が離れていってしまった。そうして、私達は別の道を歩くことになったのである。

同棲することは、決してマイナスだけではないが、結婚と違って「ダメだった時は同棲を解消すればいいだけだ」という逃げ道がある。逃げ道のない結婚ではなくて、同棲を選ぶ場合、どちらか、あるいは両方に結婚に踏み切れないなんらかの理由があるのではないだろうか。

離れて住んでいた状態でうまく行かないものは、一緒に住んだからといって状況が変わるものではない。だが、あの時、最初から籍を入れてしまって、一緒に住む道を選択していたら、私達は喧嘩をしながらも、諦めと許しが芽生え、続いていたかもしれない。なぜなら、“離婚”に踏み切るのは、同棲を解消するのとは格段の差があるからだ。

だが反対に、もっともっとお互いを傷つけあい、最後には憎しみあってドロドロの別れになっていたかもしれないのだ。

同棲したことで、いかに自分が甘かったかを知り、多くのことを学んだが、私は二度と同棲することはないだろう。同棲は一度で充分だ。今度家を出る時は、逃げ道を作らず、自分で自分の尻拭いができる女でありたいと思う。

私の理想としてきた「なが〜い間お世話になりました」と両親に挨拶をして。。

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2005年12月14日

復讐

最近本当にトイレが近くなった。
千葉にも雪が降り、本格的な冬の到来といったところだろうか。

昼間トイレが近いのは、まぁ仕方がない。
面倒くさいと思いながらも、お茶を飲んではトイレに行くという繰り返しをするしかないのだが、困るのは朝だ。

私は眠りは深いほうで、ちょっとした音や小さい地震位では目を覚まさないのだが、ここのところ尿意を感じて目が覚めるようになってしまった。とっても不本意な目覚めである。まだ眠いがトイレに行きたい。ものすごく寒いトイレを想像するだけで、そのままぎゅうっと目をつぶって眠ろうと思うのだが、眠気より尿意が勝り、仕方なく「えぃっ!」と起きてトイレに行く羽目になる。トイレでは、目をつぶりながら用を足し、終わり次第走ってベッドに戻るのだが、そこから先は浅い眠りになってしまい、気分よく目覚めることは殆どない。

でも、なんで眠っているのに尿意を感じて起きる事ができるようになったのだろう。

私は、おねしょがなかなか治らない子供だった。
小学校6年生の時に、臨海学校のお泊りがあった。その時“おねしょ大丈夫かな。。”と心配した記憶があるので、私は中学に入るぎりぎりくらいまでおねしょをしていたのだろう。

既に冷え性だったのか、私は子供の頃から手足の冷たい子だった。おまけに眠りが深い。そう考えるとおねしょをしてしまうのも当然のような気がする。

だが、おねしょをした朝は、母に靴べらを持って追いかけられた。
とっつかまると、履き替えたパンツを脱がされ、可愛いお尻をペロンと出され、思い切り靴べらで叩かれたのだ。もちろん、ものすごく痛い。お尻は真っ赤になる。

子供の頃はあまり深く考えなかったが、これってよく考えるとかなり理不尽な話じゃないか。よーく考えれば、靴べらでお尻を叩いたっておねしょが治るわけがない。母の感情のみで叩かれたような気がしてならないのだ。

ところで、寒くなるとうちの犬は家の中で過ごす時間が長くなる。
トイレに行きたくなると、ワンワン吠えて教えてくれるとっても利口な犬だった。が、最近ボケてきたのか、むやみやたらと吠えるようになった。

私はとても犬を可愛がっていると思う。
毎日目やにをとってやり、彼女が吠えたら一番にかけつけ、外へ連れて行く。だが、ここのところ外へ連れて行ったすぐ後も物凄い勢いで吠えるのだ。最初は「どうしたの?大丈夫よ。落ち着いて」なんて優しく接していたのだが、私の耳元で腹の底から声を出して吠える犬を見ていたらだんだん腹立たしくなってきて、思わず手が出てしまった。思い切りおしりをひっぱたこうとしたのだが、犬が動いてしまい、私のパンチはわき腹に当たってしまったのだ。

すると、犬は急におぇっおぇっとヒクヒクしだしたではないか。
ちょっとおしりを叩こうと思っただけなのに、わき腹を直撃してしまったのである。犬は戻しそうになって苦しみだした。“どうしよう・・・。”私は真っ青になり目の前が真っ暗になった。“とんでもないことをしてしまった・・。”だが、その反面、意外と冷静で“あ、床が汚れたら面倒だ”と思い、苦しみもがいている犬の口元に新聞紙を近づけて追い掛け回した。結局「ゴックン」したので、新聞紙も綺麗なままだったが、涙を流している犬を見たら、なんとも言えない気持ちになった。

「ごめんね、ごめんね」と何度も謝って頭をなでた。
だが、彼女は何事もなかったように、嬉しそうに私に寄ってくる。
それを見たら私の方が泣けてきた。なんてひどいことをしてしまったんだろうと。

だが、それを一部始終見ていた母が「あたしなんか何度も殴ってるけど、そんな風になったこと一度もないわよ。下手クソ」と得意げに言った。その時“あぁ、靴べらで私のおしりを叩いていた時、泣いてる私を見ても「かわいそう」とは思わなかったんだろうな”と母の心の中をのぞいてしまったような気がした。

いつか、母がお漏らしするようになったら、今度は、私が母のデカイお尻を靴べらでひっぱたいてやろっかな♪

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2005年12月12日

30代の直感

恋に落ちる時は、本能とか直感とかそういうものが一番強く作用して落ちるものだと思うのだが、年々理性や計算などが加わってしまい、頭で恋愛するようになってしまった。

私は、20代後半まではとにかく本能が先で、あとから理性がくっついてきたように思うのだが、大失恋したせいもあり、その後は、まずは条件を考え、計算し、理屈をこね回してから始めるようになってしまった。その結果、これは恋か?それとも何だ?みたいなことになってしまったのだ。

だが、もう立派な大人になったと自分で自覚なんかしちゃったりすると、勢いだけで突っ走れないのも当然と言えば当然だろう。なぜなら、突っ走る前に、今までの経験からさまざまなデータが蘇ってしまうからである。“あぁ、こういうタイプにいつも惹かれちゃうんだけど、失敗しちゃうんだよね〜”みたいな。

そこで、同じ失敗をしない為に、違ったタイプや未知の世界の人との出会いを求めたりしたのだが、そのうちわけがわからなくなってしまった。今までと違うタイプや未知の世界の人々のデータはない。だから、今度は違った失敗をし始めたのである“じゃぁ、一体何を基準にしたらいいんだよぅ?なんてことになってしまったのだ。

で、どうしたかというと、結局、“やっぱり直感って大事だよね〜”と初心に戻ることになったのだが、大人が直感を使う場合、やみくもに突っ走るわけにはもちろんいかない。もう、がっつりアイデンティティーが確立されているのだ。なるべく自分のそれに合った人を直感で見つけるほうが、後々スムースに事が運ぶだろう。

では、どうしたらそれを見分けられるか、である。

今までなんとなく頭のどこかではわかっていたものの、はっきり言葉にあらわした事がなく、すっきりしていなかった部分が、春らんまんの彼女に教わり、一気に霞が晴れたような気持ちになった。

彼女曰く、人生(仕事)・お金・家族の生きる姿勢、これらの価値観が一致していれば、どんなに喧嘩を繰り返しても、そのうちすり合ってうまくいくようになる、と言うのだ。なるほど・・。

仕事は、男女どちらにしても、相手の仕事に理解と尊敬の意が必要だろう。
そこから発展したところに人生そのものがあると思う。“彼がこういう仕事をしている。なら私は彼を支えたい”という自分が前提なのか“私はこの仕事をずっとしていきたい。家庭にだけ納まってはいられないわ”という自分が前提なのか。30代にもなればこれくらいのこと自分でよくわかっているはずだ。それに見合った相手かどうかまずは見極めなければいけない。

お金はそれに付随してくるものだろう。
“彼を支えたい私”ならば、彼のお給料で一生懸命やりくりすることになる。そうなると、彼とお金の使い方の考え方が近い方がいい。かけ離れていたら、毎日お金で喧嘩になる・・。また、“私は自分の稼ぎで好きなものを買いたい”ならば、それぞれのおこづかいの範囲内であれば、どう使おうとお金のことで喧嘩になることはないだろう。そして、お金はあるに越したことはないが、ありすぎるのもよくないという事を付け加えておこう。

最後に、家族の生きる姿勢だが、私はこれはとても根が深い問題だと思う。
ひと時の恋愛を楽しむなら、そこまで考える必要はないだろうが、結婚ともなると、やはり相手の家族の存在は無視できない。自分も相手も、アイデンティティーの形成に家族は大きく関わっているからだ。

例えば、相手が私の家族の誰かをどうしても受け入れられないとする。その時、私も、家族の一員でありながらも、その人をやはり受け入れられなかったら、それはそれでうまくいくと思うのだ。だが、相手がどうしても受け入れられないのに、私がその人を大好きだったらどうだろうか?二人の付き合いが今順調であっても、いつか亀裂が入ってしまうのではないかと思う。

さてさて、これらを直感で見抜くには一見大変そうだが、入り口のところで頑張っておけば、後は派手な喧嘩をしようがどうしようがやがて平和な生活が訪れるのだ。

30代の直感とは、これだけのことを頭に叩き込んだ上で、初めて機能するのである。
ふーっ。

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2005年12月11日

春らんまん☆

友人に新しい恋がやって来た。

私と彼女は、出会ってすぐに意気投合し、お互いの彼氏の話、家族のこと、病気のこといろいろな話をしてきた。彼女はいつも私の話を真剣に聞いてくれ、冷静に的確なアドバイスをくれる人だ。

そんな彼女が、当時付き合っていた彼氏と別れることになった。
私はその彼氏とは面識がなく、彼女から聞く話で彼を想像するだけだったが、彼女を大切にしてくれている人だとは思えなかった。この恋愛は、彼女にとっては楽しいことより辛いことの方が多かったのではないだろうか。別れたと聞いた時、私は「それで良かったんだよ」と言った覚えがある。

しばらくの間、彼女は憔悴しきった顔をし、どう乗り切ろうかと懸命にもがいていた。そんな時、誰でもそうしてしまうだろう事が彼女にも起こってしまった。

彼女には、彼氏と付き合っている当時からしつこく誘ってくる男がいた。その男の話も私は聞いていたが、なんともうさん臭い男だった。会社での女性関係の噂も良いものではなく、“たくさんの女の子と遊んでいる”ということを自慢しているような男だったのだ。そんな男が、優しい言葉を使って何度も彼女を誘ってきた。実際、彼氏と喧嘩した時、その男が慰めてくれたり、体調が優れない時に、すぐに「心配だよ」というようなメールをよこしたという。

彼女は、彼との別れを乗り切ろうと躍起になっている時、その男の存在を思い出してしまった。本当は心の奥で、“この男はヤバイ”と知っていたのだろうと思う。だが辛さから逃れる為に、その男へ走ってしまったのだ。。
私は、なんとなく嫌な予感がしたものの、彼女の苦しみが少しでも薄れればと、その男が評判とは関係なく、彼女のことを大切にしてくれるよう願った。

だが、やはり男は評判どおりの中途半端な男だった。
言葉は優しい。「大丈夫?」「心配だよ」「大好き」「ごめんね」これらの言葉を頻繁にメールで使う。だが、それはすべて言葉だけで、実際の行動は、彼女を送ることもしなければ、彼女と一緒の時に、他の女の子へメールをしたりするような男だったのだ。そして、あっけないくらい早く、その男との交際は終わってしまった。

彼女は、彼氏と別れた傷が癒えるどころか、さらに大きな傷を負ってしまったのだ。
「自分が情けない」と言い、自責の念にかられていた。私はとにかく「悪いのは全部男のほう。ちょっと間違えちゃっただけじゃない。誰だって、寂しい時、そうやって誘ってくれる人がいたら、くっついて行っちゃうわよ。たまたまその男が悪かっただけ」といい、これからはメールで来る“言葉”を信じるより、“行動”を信じるよう、偉そうに彼女に諭した。

彼女の中で辛い時間はその後も続いていただろう。だが、彼女は前向きな人だ。
懸命に気持ちの切替をしようと踏ん張っていた。

そして、そんな傷が癒えた頃、新しい出会いがやって来た。

ところが、彼女は最初戸惑っていた。だが、私にはその気持ちが痛いほどよくわかった。たくさん傷つき、辛い思いをしただけに、次の出会いに臆病になってしまうことを。

この時も、私は、その出会った彼と面識はなかったが、冷静な彼女の口から出てくる彼についての話を聞く限り、私は、彼と彼女はとても合っているような気がしたのだ。なので私は、ちょっと前に進めないでいる彼女の背中を、そっと押すどころか、思い切りどついてやった。「その彼絶対いい!思い切って行け!」と。

彼女は、少しずつだけれどその彼と会い、心を開き、そして、自分を大切にしてくれる、一緒にいてとても落ち着ける相手だと確信し、交際がスタートした。

実際、彼はとても誠実な人だった。
片道1時間以上かかる彼女の家に必ず迎えに来て、送り届ける。
彼女の意志を尊重し、そして、彼女の言葉に笑い、おどけてみせる。
もう彼女から出てくる言葉はノロケばかりになった。
彼女の恋は、愛情へと発展し、もうさよならはやって来ないだろうと思う。

辛い経験は、人間を大きくしてくれるが、時として判断を誤らせたり、臆病にさせたりする。でも、彼女のように、前を向いて一つずつ消化していけば、必ず本物の相手にめぐり合えるものなのだ。

と自分にも言い聞かせ、あやかりたいと願っている私である。

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2005年12月10日

一般人も同じです。

母が突然「死にたい」と言った。「えぇっ!?」
うちの母、誰よりも前向きで、健康そのもので、毎日モリモリご飯を食べるような人だ。ついでに、つい最近「あのクソ親父(父のこと)より絶対長生きしてやる!」と言っていたのに、だ。私はものすごく驚いた。母ちゃん、どうしちゃったんだよ・・。

母は、2〜3日前に奥歯を抜いた。
痛みがひどかった為、歯医者へ行ったら「もう歯茎がダメになっているので、抜歯して、インプラントで奥歯を入れましょう」と言われたそうだ。帰ってからしばらくは、「薬が切れて痛い」と言っていたが、そのうち痛みは治まると思っていた。

ところが、今度は抜いた奥歯の隣が痛いと言い出したのだ。私は「なんで悪いところを抜いて痛くなくなったのに、その隣が痛み出すの?おかしいじゃない」と言うと、母は、「隣の歯の歯茎が腫れてる」といい、奥歯を抜く前より、その隣の歯の痛みの方が激しいと言った。食事をしながらも痛そうで、「すぐに歯医者に行って来なよ」と私が言うと、いつもはふてぶてしい母も、神妙な顔をして「うん」と頷いた。

両親ともあまり歯が良くない。
その血を受け継いだ私達子供3人とも、虫歯や並びの悪さで悩まされた。
私も子供の頃は、歯が痛くてしょっちゅう泣いていた記憶がある。殆どの歯が虫歯になり治療をした。

私が23歳の時、虫歯でもないのに、歯が痛くて痛くて仕方がなかったことがあった。
歯医者に行くと、「上下の歯の噛み合わせが悪く、一点で噛んでいる為、そこに負担がかかって痛みが出る」と説明され、そして「この痛みを取るには並びを変えないと、良くならないでしょう」と言われた。“そんなこと言われても、この年で矯正するの・・?”と思う私に、先生は続けて「噛み合わせが悪いと、痛みだけでなく、今後健康面にも響くし、できれば治した方がいいですよ」と、当たり前だという顔をして言ったのだ。

私は随分悩んだが、歯列矯正に踏み切った。
23歳というピチピチの時に、あの銀色の装置をはめたのだ。透明な目立たない装置もあるが、私が通った歯医者さんでは「目立ちますが、これが一番。後で崩れたりすることもあるんです。ですので、しっかりこの銀色で治していきましょう」と強く言われ、私は選択するまでもなく、銀色の装置で頑張ることになった。

装置が取れるまで2年半かかった。長くかかった方だと思う。
その間は本当に辛い日々だった。痛みはひどいし食事は取りづらいし。もう一度やれと言われたら、百万円くれるといってもやらないだろう。

だが、そのおかげで並びは綺麗になり、もちろん、歯並びの悪さからくる痛みも消えた。そして、並びが綺麗だと歯磨きも隅々まで行き届く。あれから10年以上経つが、今でも形は崩れることなく中心は揃い、かみ合わせも完璧だ。あれ以来、歯医者へ通うこともなくなり、歯茎も元気そのものである。

そういうケアをする暇など、母にはなかったのだろう。
痛みをかかえ、泣きべそをかきながら母はまた歯医者へ行った。
その帰りだ、「死にたい」と言ったのは。

私はイマイチ釈然としないのだが、先生に、奥歯を抜いた衝撃で、元々弱っていた隣の歯の根元が折れてしまい、それで歯茎が炎症をおこし痛みが出てる、と説明されたそうだ。そして、「これも抜いて、ここもインプラントで入れましょう」と軽く言われ、奥歯に続き、その隣の歯も抜かれてしまったと言う。

母は、すべての歯がもうガタガタである。自分の健康な歯は、64歳の今、もう既に殆どない。奥歯の他にも、前歯の差し歯と、部分入れ歯の作り直しもしなければならない。「一体いくらかかるんだろう・・?」と最初から母は危惧していた。

先生は軽くインプラントと言うが、インプラントはとっても高い。
入れ歯をするよりもちろん快適で、見た目も綺麗だ。母もすべてインプラントにできたらどんなにいいだろうと言っていたが、経済的にとても無理である。

歯医者からの帰り道、車を運転しながら歯にかかる治療代を考えたら、そのままどこかに車でぶつかって、死んじゃおうと思ったらしい。
「歯だけにお金かけてたら、もうゴルフもいけないし、何もできない」と・・。

私が孝行娘で、ポンっと「このお金で治したら」と渡せればいいのだが、残念ながら私にはそんな甲斐性はない。ただただ、「死なないでね」というしかできなかった。

若いうちはあまり感じないが、年を取った時に歯はガクンと来るものだ。
その時、自分の歯がたくさん残るよう、今から歯の健康には気をつけようと思う。

一般人も歯は命だ。

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Posted by late_bloomer at 08:20Comments(21)TrackBack(0)

2005年12月09日

生き様を物語るモノ

私は人を見た目で判断はしないが、第一印象はとても重要だと思っている。

本当に理屈ではなく、ほんの数秒目を見ただけで良いか悪いかを判断する第一印象。
私はそれを信じすぎて、最初に“あぁ、この人ダメだな”と思ってしまった場合、もうそれ以上なるべく接触を持たないようにしていたが、大人になって、“そんなことを言っていてはダメだ。もっと自分と合わないと感じる人とも意見交換ができる人間にならなくては”な〜んて頑張った時期があった。

その彼女と初めて会った時、目つきがとても気になった。
顔を上げずに目だけ下から上に向けて顔をのぞきこむ、なんともいえない目つきだった。私は人と話すとき、目を見て話すようにしているが、彼女と最初に挨拶を交わした時、その目つきが気になってしまい、“この人と一緒に仕事やっていくのか・・。”と瞬時にマイナスのイメージを持ってしまったのだ。

だが、大人になった私は、話してみなければ実のところはわからないと思い、積極的に彼女と話をしてみた。これが功を奏したのか、話し始めると、彼女は話題が豊富で楽しく、私のことを好いてくれたようで、いろいろと私に声をかけてくれるようになった。そのうち私達は、職場以外でもお付き合いをするようになり、仕事帰りに食事をしたり、週末に会って一緒に買い物へ行ったりするほどの仲になった。その時私は、やはり第一印象で決め付けてはいけないんだなと思い直した。

だが、今思えばその間の私は、心のどこかに最初に彼女に感じたマイナスの気持ちを封印し、その後に感じた彼女の良い点だけを見るよう努力していたのだと思う。

付き合いが長くなるにつれて、だんだん彼女の“じっとり感”が私には耐えられなくなってきた。彼女のあの目つきと同様に、彼女全体から発せられる“じっとり感”が、一生懸命今迄カバーしてきた良い点をすべて飲み込んでしまい、どんどん彼女と一緒にいることが苦痛になってきてしまった。

だが、そこまで仲良くしていたのに、急にそっぽを向くわけにも行かない。
私なりに努力はした。だが、ある日彼女に言われてしまったのだ。「話しかけてるのに、パソコンから目を離してくれないのね・・。」と。そう、私は彼女の顔を見て話すことさえ苦痛になってしまい、態度にそれが表れてしまったのだ。

ここからがまた大変で、気の合う者同士だと、相手の気持ちが読み取れるので、機嫌が悪そうだなと思えばしばらくそっとしておいたり、なんとなく相手の望む態度で接することができる。だが、そうでない相手の場合だと、いくらこちらが“イヤイヤオーラ”を出しても、大抵それに気付かないか、気が付いていてもますます近寄ってきたりするようになってしまう。

その後、やはり彼女とは疎遠になってしまい、それぞれ違う友人と過ごすようになったのだが、後味の悪さだけが残ってしまった。私が近づき、仲良くしようとしたことが、逆に彼女を傷つけることとなってしまったのだ。

それ以降は、第一印象で“うっ”と思った時、社会生活の場においては、その気持ちをゴクリと飲み込み、適度な距離を保ちつつ接することができるようになったものの、やはり第一印象に間違いはないのだと確信を持った。

最初に会った瞬間、理屈ではなく“なんか感じ悪い”とひっかかりがあった場合、それはもう絶対に当たっていて、その相手とは結局仲良くなれないのである。

そんな大事な第一印象だが、簡単に変えられるものではないと思う。
その人がそれまで過ごしてきた時間、どのような考え方を持って過ごしてきたか、それが如実に表れるものだと思うのだ。

テレビで、地位も名誉もある人達が、わーわー討論するのを見ていると、その人の意見を聞くまでもなく“こいつ悪そうな奴だな”とわかるものだ。

後ろ暗いことはせず、まっすぐに生きていけば、そんなに悪い第一印象にはならないだろう。

これからも気をつけていかなくっちゃ、ね。

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Posted by late_bloomer at 01:03Comments(29)TrackBack(2)

2005年12月08日

私の自慢

私はブログを始める時、自分の中で一つだけ決めたことがある。
それは、“後味の悪くならない文章を書くこと”である。まぁ、ブログを書いている人の中で、わざわざ後味の悪くなるような記事を書く人もいないと思うのだが、“あ〜、おもしろかった”と単純に思ってもらえたらいい、そう考えてスタートしたのだ。

なぜなら、私自身がそういうモノが好きだからである。映画にしても本にしても、笑いがあったり、ちょっとホロっときたりがあって、で、最終的には“あ〜おもしろかった”と思えるものが一番好きだ。あまり小難しい話や、悲劇すぎる話、批判的な話を見たり聞いたりすると、私は感情移入しやすいので、すぐに影響されてしまい、重い気分からなかなか抜けられなくなってしまう。なので、なるべくそういう類のモノは選ばないようにしているのだ。

だから、私の目指すところも“あ〜、おもしろかった”なのである。

最初は、カッコつけた文章ばかり書いていた。
タイトルに沿った内容でなければ、と必死になって「女の価値は自分で決める」に結びつけるような文章を書くよう無理をしている部分があった。だが、そのうちだんだん本性丸出しの小話が多くなり、そして、良い意味で“いい加減さ”を覚え、思ったことをそのまま書き綴っていたら、気が付いたら「女の価値は自分に決める」になんとなくつながってるじゃん、という文章がかけるようになってきたのだ。サブタイトル通り、進化を遂げてるじゃん!だ。

なぜ、進化を遂げられたかというと、それは、読み手の懐の深さにある。
“後味の悪くならない話を書く”とかいいながら、本性丸出しになってきた辺りから、泣き言や愚痴をも書くようになってきてしまった。だが、そこにくるコメントの言葉の深さ、私はそこからたくさんのことを教わり、学んできた。年齢や性別に関係なく、いろいろな角度からの意見をこんなに知る事ができる、blogというツールの一番良いところを、私は存分に味わっているのだ。

そう、私の自慢は、読み手のレベルの高さだ。
足跡を残してはいかないけれど、そっと読み続けてくれている人達がいる。
コメントを残してくれる面々同様、自分をしっかり持った思慮深い人達だ。

すごくおもしろいなと思う。
立派な文章を書く人のところに、立派な人達が集まるとは限らないのだ。
“私が書くより、あなた書いた方がいいんじゃありませんか?”と思わせる人達ばかりが集まっているように思う。とても不思議。なんでだろう?

というわけで、昨日はまた、たくさんの言葉と見えない力に助けられ、私はまた肥えることができた。その感謝の気持ちは、これからの文章で表して行きたいと思う。

なぁんちゃって、また気取っちゃったよ。
ありがとうございました!これからも温かい目でよろしくお願いします☆

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Posted by late_bloomer at 02:14Comments(26)TrackBack(0)