2005年12月31日

さようなら〜2005年

あと数時間で2005年が終わる。

大晦日というのは、“静かにゆっくりと過ごし、次の年を迎えるのを待つ日”らしいが、私は、毎年大晦日が大掃除の日になってしまう。。

徹底的に埃をはたきだし、落ちてきた埃をふき取り、カーペットが擦り切れるんじゃないかというくらい掃除機をかけて、洗濯機を2回かけたところで休憩した。

その後、何年ぶりだろうか?愛車のマメを自分の手で洗った。
知らないうちにこすっているもので、今迄機械任せで気が付かなかったが、細かい傷をたくさん発見してしまった。もっと大事に乗らなくては。。

エアコンが壊れ、ウオッシュアー液が出なくなり、どんどん壊れていくマメだが、もう少し頑張ってもらいたい、そんな気持ちが強かったのだろうか。冷たい水で何度も雑巾をすすぎながら、ピカピカに磨きあげた。埃まみれだったマメもすっかり綺麗になり、ちょっと若返った感じだ。お願いだから、来年の夏までなんとか頑張ってくれ。。

こうして、今年は自分の手で、ゆっくりお世話になったモノ達を綺麗にすることができたのは、時間に余裕があったからである。そして、その余裕ある時間を、ただ空虚な時間の流れではなく、いろいろ感じ、考え、内容の濃い時間にすることができたのは、ブログを通していろいろな方と出会えたからに他ならない。

本当に贅沢な一年だった。
来年も是非、贅沢な一年だったと締めくくれるようにしたいと思う。


皆様、本当に今年はたくさんお世話になりました。
そして、来年もたくさんよろしくお願い致します。

皆様にとって素晴らしい一年でありますように...☆
良いお年を!


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2005年12月30日

優しい気持ち

3e12a78f.jpgもう10日ほどになるだろうか。

今まで、夕方から次の日の朝まで、玄関を上がったすぐのところに犬のランをつないでいたのだが、意味不明の無駄吠えにかなり悩まされていた。朝は4時か5時にはもう吠え出し、散歩へ行っても食事をあげてもワンワン吠える。私も両親も可愛いとは思いつつ、イライラが募ってしまい、手をあげてしまうことが多くなっていった。どうしたものかと考えた末、もともと外で飼っている犬だが、私は思い切って私の部屋に連れてくることにした。

最初は、はじめて入る部屋にとまどい、落ち着きなくウロウロ歩き回っていたのだが、そのうち安全だとわかったのか、ホットカーペットの上で、安心しきった顔で眠るようになった。そして、なんと無駄吠えがピタっと止んだのである。

今、吠えるのは、朝トイレに行きたい時と、食事をしたい時、私が部屋を出て行ってしばらく戻ってこない時、と彼女が吠える理由がだんだんわかるようになってきた。
彼女は、決して無駄に吠えていたのではなく、寒い、寂しいと訴えていたのである。
玄関ホールにいる時、いつもぷるぷる震えていた。いつも一人ぼっちだったのだ。

だが、私の部屋にくるようになってから、暖かさと私の目が行き届くようになって、安心して眠ることができるようになったのだろう。嘘のように、静かで穏やかな顔をし、寝息を立てて眠っている。

ランがワンワン吠えることがなくなり、ほっとしたものの、私の生活は大きく変わった。彼女はとにかくよく毛が抜ける。私の部屋のカーペットはピンク色なので、白い毛はあまり目立たないが、ランが目覚め、外へ出すと、部屋を掃除せずにはいられなくなった。この無精者の私が、なんと、この10日間毎朝掃除機をかけているのだ。生まれてはじめての掃除っぷりである。もう大掃除なんか何処吹く風だ。

そして、しょっちゅうランの顔を見ることになって、愛情がどんどん募っていくのを実感するようになった。朝、目覚めて目が合った瞬間私にかけよってくるラン。私と一緒になってホットカーペットの上で昼寝をし、先にランが目覚め、私がわざと知らん振りをすると、いたずらしてわざわざ私の体の上に乗ってくるラン。一つ一つのしぐさが可愛くて、私の目はますますランに釘付けになる。13年間飼ってきて、こんな気持ちになったのははじめてである。おばあさん犬が愛しくてたまらないのだ。

散歩へ行く度にブラッシングをするようになったおかげで、以前より毛並みも随分綺麗になった。体も清潔に拭いてやるようになった。

だが、本当の愛犬家というのは、このくらい当たり前のことのようにやっているのではないだろうか。私が今迄、ランを可愛い、世話をしていると思っていたのは、思いあがり以外の何ものでもなかったのだろう。勝手に都合のいい時だけ可愛がり、こちらが癒してもらっていただけのことだったのである。

9月の半ばにランをペットホテルに3日間預けた。
帰ってきたランは、憔悴しきっていて体中に湿疹ができていた。
だが、しばらくすると湿疹はおさまり、獣医さんのところに行くまでもなかったのだが、左後ろ足に500円玉くらいの大きさで毛が抜けてしまった部分があり、以来現在までずっと生えてこなかったのである。

その500円玉ハゲを見る度に、可哀想なことをしたと私は胸が痛み、そばで横になっているときは、なるべくそこをマッサージするようにしていた。
すると、そこからうぶ毛が生えはじめてきたではないか。飛び上がって喜んでしまった。3ヶ月の間、まったく毛が生える様子など見せなかったのに、この10日で徐々にピンク色の地肌に、可愛い白い毛が生えはじめてきたのである。

彼女は、ペットホテルから帰ってきても、ストレスを抱えたまま生活していたのだ。だが、私の部屋にくるようになって、そのストレスが軽減したのではないだろうか。私にはそう思えて仕方がない。いや、そう思いたいのだ。

もうランは、家の階段の上り下りを自力でできない。
外へ連れて行くとき、部屋に戻ってくるとき、その度に私は14キロのランを抱っこして階段を上り下りする。決して楽な作業ではないが、彼女の心臓の鼓動を体で感じながら抱いている時、重さよりも彼女の命を感じ、私は“ずっとずっと長生きしてほしい”と強く思うようになった。

14年目の冬、はじめて暖かい年越しをするラン。
ランのおかげで、私も心の温かい年越しができそうである。

なのに、これまで吠えてる理由がわからず、うるさいと言ってわき腹を殴ってゲ○を吐かせてしまったなんて、なんてお前はひどい奴なんだ!のお怒りの人気blogランキングクリックお願いします☆

  
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2005年12月29日

1999年12月29日

1999年の今日のこと、私はとてもよく覚えている。

入ったばかりの会社は、皆良い人ばかりで、あっという間に年末を迎えた。
楽しい年だった。その最後にふさわしく、朝の4時まで会社の忘年会は続いた。

さぁ、もう明るくなったしそろそろお開きか、という時、一人の酔っ払いの女の子の為に、皆が極寒の早朝に約1時間もの間、外で待たされることになってしまった。彼女は普通に歩けないくらい酔っ払っているが、自分で車を運転して帰ると言ってきかない。私は心の中で“もう勝手にしてくれ。あ〜あ、寒い。さっさと帰りたい”と思っていたが、なにせ私はまだ新人であった上、あまり悪いイメージを作りたくなかったので、その光景をニコニコ見守って、事が収まるまでその場でぷるぷると震えていた。

もう原因はそれしか考えられない。
翌日38度5分の熱が出た。その日は、母とお正月の最後の買い物に付き合う約束をしていた。「それくらい手伝ってから行きなさい」と母に言われていたのだ。そう、年末年始は彼氏のところで過ごす予定になっていたのである。熱が出ているのも言えず、だるいがなんとかなるだろう。そう思って30日を過ごし、待ちに待った大晦日を迎えた。

熱をはかると39度を超えていた。寝ていても息苦しい。。
だが、私はどうしてもその彼と一緒に年越しをしたかったのだ。
猛反対する母を押し切って、彼の迎えの車に乗った。それまで彼にも言わなかった。
車に乗って彼に事情を話すと、びっくりし「え〜、楽しみにしてたのに」とがっかりされてしまったが、追い返されることはなかった。

だが、彼の家についても、私はすぐにベッドにもぐり込むだけで、楽しみにしていた“二人でお正月料理の買出し”もいけず、食事をとることもできず、彼に卵粥を作ってもらってもたくさん残すのが精一杯の私だった。

彼は時々ちょろっと愚痴を言ったものの、一人で日本酒を飲みながら紅白を見ていた。私の熱は下がるどころか40度を超えてしまい、とうとう救急病院へ連れて行ってもらう羽目になってしまった。彼はどこの病院がやっているかわからないというので、私が「119番に連絡すると、最寄の救急病院を教えてくれるから」というと、ちょっぴり嫌な顔をして「え?俺が電話するの?」と言った。自分で電話をしてもよかったのだが、私は“そのくらいやってくれてもいいのに”と思ってしまい、そういう顔をしていたのだろう。彼はしぶしぶ電話をしてくれ、病院に付き添ってくれた。

病院は大きく、何処が受付だかわからなかった。
私はしんどくて一歩も歩きたくなかった。彼に「受付が何処だが見てきてくれる?」というと「え?俺一人で?」と言った。私はそこでも“それくらい・・。”と思い、そういう顔をしていたのだろう。結局彼は受付を見つけてきてくれ、私は最短距離で診察室までたどり着くことができた。

診察を終え、薬をもらって彼の部屋に帰ってきた。
その夜は、解熱剤のおかげで汗をたくさんかき、夜中、何度か彼に体を拭いてもらい着替えを手伝ってもらった。私は申し訳ない気持ちと、彼が一生懸命看護してくれる姿が嬉しかったのだが、翌朝、彼に「俺の正月返してくれよ。こんなことなら実家に帰ればよかった」と言われてしまったのだ。

私はすごく傷つき、家に帰りたくなったが、ひとりで家に帰れる状態でもなく、結局お休みの間中、彼に看病してもらうことになってしまった。私は心の中では“ごめんね”と言う気持ちがあったが、先にいろいろ言われてしまったが為に、ひとことも謝ることができなかった。

私はどんなに調子が悪くても彼と一緒に過ごしたかったのだ。
だが、彼は、看病させられるくらいなら、実家に帰ればよかったと言う。
そんなこと言われて、ひねくれ者の私がごめんねなんて言えるわけがない。

だが、問題は彼ではなく、私にあったのだ。
私が最初からもっと素直に「ごめんね。風邪引いちゃったみたいなの。すごく熱があるんだけど、一緒に年越ししたいの。でも、きっとものすごく迷惑がかかっちゃう。でも会いたいの」と本当の気持ちを素直に言っていたらどうだっただろうか?彼はきっと、病人の私を快く受け入れ、私があれこれ指図せずとも自ら動いてくれたに違いない。

私は、大切な事をいつも素直に伝えられないのである。この時の一番のメインは「一緒に過ごすこと」だったのだ。もし彼が逆の立場で、具合が悪く「一緒にいたいから来てくれないか?」といわれたら喜んで行っただろう。だが、私には、そういう可愛い素直さがなかったのだ。

その後、結局、私達はうまくいかなくなってしまい、さよならしてしまった。
愛を深めるはずの記念すべきミレニアムが、愛を遠ざけてしまったなんて・・。

この時、“もっと素直になろう。可愛く本当の気持ちを伝えられるようになろう”と心に誓ったのだが、今もってあまり変わっていない。

だが、また今年も、年があけたら今年の目標として“素直になること”って掲げるんだろうな。

年々ひねくれていく気もするんだけど・・。

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2005年12月28日

会社からご覧の皆様へ

今日が仕事納めの方、多いことと思います。
振り返ってみると、一年って“あっ”という間だけれど、会社にいる一日は長いのなんの、ですよね。。

私が6年間お世話になった会社は、お休みが30日〜3日までとすごく短かったので、お正月休みはそれこそあっという間に終わってしまいました。

皆さんは、どんなお正月を過ごされるのでしょう。

私の家には親戚がなく、お正月と言うのは毎年とっても寂しいものなのです。
子供の頃から誰よりもお小遣いが少なく、行事が少ない。
祖母とも同居していたので、帰る田舎もなし。
今は弟も姉も家を出てしまったので、ますます寂しいお正月になってしまいました。
私がいなくなったらもっと寂しいだろうなと、これも親孝行の一つと考え、両親とお正月をのんびり家で過ごすつもりです。

結婚されてる方は、嫁としてのお努めがあるかもしれませんね。
気の重いお正月の到来かもしれません。

いずれにせよ、仕事から解放される貴重なお休みです。
今年は極寒ですが、心も体もお仕事モードから切り替えて、ゆっくりしてくださいね。

私にとってこの一年は、物凄く変化のあった年でした。
去年までは数年間同じような一年を過ごしていたのに、いつ変化がくるかなんてわからないものですね。この一年間は、全く仕事をせず、半分は寝ていたように思います。

そんな中、ブログを始め、読んでくださる方が増えて行き、私の毎日に大きなハリがうまれました。書くことを仕事にしたい、という夢は今年はかないませんでしたが、こうしてほぼブログを毎日書いていくことができたのは、やはり、読んでくださる方々のおかげです。自分の存在価値をこのブログの中で私は見出してきました。

仕事の合間にちょっとした息抜きになれたら、時々ぷっと笑ってもらえたら、そして、時には私の悩みを聞いてもらえたらと、いろいろな思いを込めて書き続けてきました。来年もまた続けていけたらいいなと思っています。

一年間お仕事お疲れ様でした!
そして、読んでくださってありがとうございました!
来年もよろしくお願いします☆

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2005年12月27日

30年後

本当に最近よく“熟年離婚”という言葉を耳にするようになった。
ドラマでもその手のものがやっていたが、実際はあんなに綺麗な話ではない。
私の目の前に、熟年離婚寸前のサンプルがいるので、私にはよーくわかるのだ。

定年退職を迎えた夫を持つ奥さんの、実に8割が“夫在宅ストレス症候群”にかかっているか、またはその予備軍であるという。
奥様族は、神経性胃炎で苦しんだり、自律神経をやられてしまって体中に変調をきたしているそうだ。その対処法は、自分の世界を持ち、なるべく夫に目がいかないようにするしかないという。

我が両親の場合、母が無類のゴルフ好きで外出が多いので、母の体調が悪くなるというところまでは行っていないが、さすがに、無趣味でゴロゴロしていて言い訳を繰り返す父にはむかつくらしく、時々大声で怒鳴っては、ストレスを発散している。

父は、そんな母の小言から逃れる為に、スナック通いをはじめた。
私は、それはそれで出かけるからいいだろうと思っていたのだが、限度というものがあるだろう。父は、今迄我慢してきたのが爆発したかのように、ベロベロになって帰ってくることが多くなった。

先日も犬の布団を横取りして、玄関で大の字で寝ていた。可哀想なラン・・。
それだけならまだしも、夜中だろうが早朝だろうが、帰ってくるとものすごく大きな音を立てるので、私も母も目が覚めてしまう。私もそれだけは勘弁して欲しいと思っていた。

そのことをずっとイライラしながら我慢していた母は、「いつか酔っ払いを階段から突き落とす」だの「アイアンで頭をぶち割る」だの言っていたので、私は「階段から突き落として中途半端に入院されても困るし、アイアンで殴ったら殺人犯になっちゃう。いずれにしてもママにとってあまり得策とは思えないけど・・。」というと「でも、いつかやりそう・・。」と真剣な顔で言うので、私は「その時は、履いてるスリッパをぬいで、それで頭殴ってやれば?」と言っておいた。

ある早朝の4時、物凄い音で目を覚ますと、父のご帰還である。
壁にぶつかりながら、階段を踏み外しながらの移動なので、とってもうるさい。
ついにキレてしまった母。なにやら大声で文句を言っている。おもしろそうなので見に行こうかと思ったが、寒いのでそのまま布団にくるまっていたら、また眠ってしまった。

そろそろ起きようかと私が思っていると、母がニコニコしながら部屋に入ってきた。「あのクソ親父、うるさいから怒鳴りつけてやったら、酔っ払いのくせに言い訳しやがって。腹の底からむかついたから、言われたようにスリッパで頭3発殴ってやった」という。「きゃはは、で、酔っ払いはどうしたの?」と私がきくと、「酔っ払ってても自分の頭守ろうとすんのよ」と意外に冷静に観察していた母。続けて「本当は素手でひっぱたいてやろうと思ったけど、あのうすらハゲに直接触るのは気持ち悪いから、あんたに言われたとおりスリッパにしておいた」そうだ。
見に行っておけばよかった。。

こんなことを、いつも繰り返している二人だが、この二人、離婚しないと思う。
なぜなら、二人とも変な、本当に変なところで優しく、家族の絆を壊せないようなのだ。だから、私も安心して二人の喧嘩をみていられるのである。

熟年離婚に至った多くの夫婦は、夫がサラリーマンで仕事一筋。家庭を顧みず、子育てに協力がなく、夫婦の会話も殆どなかった、というタイプだそうだ。

それとは逆に、二人でお店などを切り盛りし、苦労を共にし、やっと楽な暮らしができるようになったという夫婦二人の場合は、夫婦仲はよいが、遊ぶお金が持てるようになったが為に、夫が浮気に走ってしまうという。だが奥さんは、旦那さんに愛情がある。“二人三脚で辛い日々を乗り越えてきた”という気持ちがあるからだ。そして、二人で静かに老後を送りたいと切に願っている。なのに、夫は浮気。
奥さんは、三行半を突きつける代わりに、旦那を取り戻して理想の老夫婦になるべく躍起になるという。

どちらのパターンも極端な例だと思うが、こうやって書き並べてみると、男性陣に問題があるように思えてしまう。だが、実際は喧嘩両成敗だ。女性側にも何らかの問題はあるのだろう。

それにしても、未婚の私にとっては夢のない話である。
夫在宅ストレス症候群になるのも嫌だし、浮気問題で悩まされるのもごめんだ。

一体、私の30年後はどうなっているのだろうか・・?

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2005年12月25日

お、贈り物が・・

プレゼントを持って友人との待ち合わせ場所に向かった。
中身ももちろんだが、プレゼントを渡すタイミングも結構重要である。
最初に渡してしまっては味気ないし、相手にとっては荷物になってしまう。
やはり、別れ際にさらっと渡すのが一番だろう、そう考えながら車を走らせた。

彼とは知り合って7年くらいになるだろうか。
ガタイはデカイがなかなか繊細なところがあり、彼は、失恋するとヘロヘロになってしまう。そんな時、よく私のところに連絡をよこすので、「じゃぁ、メシでもどう?」と言って、食事がてら彼の沈みきった顔を眺めつつ話を聞くことになる。大抵の場合、彼が悪いので、私は優しい言葉をかけるより、「自業自得、よく考えて」なぁ〜んて冷たいセリフを吐いて、お開きにしてしまうことが多い。

また、私が弱った時には彼が話を聞いてくれたこともあったが、数にしたら彼の方が断然多いだろう。これまでは、“お世話になった”というより、“お世話してきました”という気持ちが強かった。

だが、私が体調を崩している間にも、彼はちょくちょく心配して連絡をくれたり、何かと気遣ってくれていたのだが、当時の私には、電話に出る気力も無く、ましてや会って話をする気力など全くなかったので、彼からの電話は無視するわ、メールで断るわで、彼のことはちょっとひっかかっていたのだ。

そのうち、私の体調もずいぶんよくなり、そんな頃、タイミングよく彼から連絡があった。ゴルフを始めたと言う。彼は、私がゴルフをしているのを知っていて、練習へ行こうと誘ってくれた。すぐに話は決まり、一緒に練習場へ行くことになった。

彼は、失恋するとヘロヘロになるが、日本一になったことのある元トップアスリートだ。いくら初心者とは言え、ゴルフのスイングも凡人とは違うんじゃないか、と、私はワクワクしていた。ところが、そのデカイ体からは想像もつかないくらい、小さな小さなスイングで、「どう?」と聞かれても、私には「せせこましいスイングだな」としか言いようがなかった。私のフォームの方がよっぽど男らしかった。

そんなこんなな一回目の練習を終え、「また行こう」という話になり、彼にとってはクリスマスイブとかそんなことはまったく関係なく、「今度の土曜日に」ということで、24日にまた練習場へ行くことになった。

私は、“あぁ、ちょうどクリスマスイブだし、今までいろいろ気遣ってくれたお礼に軽いプレゼントでも渡そうか”と思いついた。そして、いろいろ考えた挙句、ゴルフ用品にたどり着いた。彼は、一回目の練習の時殆ど道具を持っていなかったのだが、23日に立派な中古クラブが手に入ると言っていたので、それじゃぁ、消耗品でいくつあっても困らない小物をプレゼントしたらちょうどいいだろう、と私は思ったのだ。

24日当日、彼の道具は想像をはるかに越えた立派なものだった。
特注のキャディーバックにピカピカのフルセット。おまけに箱で新品のボールもたくさん貰ったという。“えっ、ボールをたくさん箱で貰った・・?。”

彼が連れて行ってくれた練習場は、とても家庭的な雰囲気のこじんまりしたところだったので、私は何の気兼ねもなく400球をぶっ放した。そしてその後、積もる話をしながら昼食を取り、満腹になったので席を立ち、ゴルフ用品店に向かった。彼は専門店に来るのも初めてだといろいろ眺めた挙句、ティーが欲しいと言うので、私は300円で5本くらい入っているのを薦めた。だが、彼は結局、その店で一番安いであろう78円のティーを買って店を出た。

そして、ついでにその隣の洋服売り場ものぞいてみることにした。
彼は靴下を手に取りつつ、自分が履いている靴下を指し、「黒い靴下っておっさんっぽい」と言って、ふわふわした生地の可愛らしい靴下を手に取ったが、女性物なので、結局買わなかった。“え?黒い靴下はおっさんぽいのか・・?。”

それから、スポーツ用品のブランドの話になった。私のゴルフ用品はナイキでそろえていることもあり、「ナイキってどう?」と聞くと「う〜ん、あまり靴以外は好きじゃない」という答えが返ってきた。“え?ナイキ好きじゃないんだ・・・。”

ここまで来て私はガックリしてしまった。
もうおわかりかと思うが、私が買ったプレゼントは、ナイキのボール3個にナイキの黒い靴下だったのである。

まさか、新品のボールを箱でたくさんもらってくるとは思わなかったし、ナイキがあまり好きじゃなくて、黒い靴下をおっさんぽいと思ってるなんて、私は全然知らなかったのだ。こんなことなら300円のティーを一つプレゼントした方が、よっぽど喜ばれたんじゃなかろうか。

しかしもうどうしようもない。
別れ際、ヤケのやんぱちで「はい、コレ。絶対今開けないで!」と言って手渡した。
彼はそのナイキの袋を見て、「あっ」といい、触った感触でボールの存在を知って、また「あっ」と言い、その後、靴下を触って最後の「あっ」を言った・・。
私は、「絶対今見るなっ!」と叫びながら逃げるように去った。

プレゼントを贈って、これほど滑っているのを事前に知ってしまったのは初めてだ。
神様は意地悪だ。善意を示した私にこんな打撃を食らわせなくてもいいだろうに。。
しかし、本当に人を喜ばせるというのは、とても難しい事なのだとつくづく思い知らされた。

だが、落ち着いた今、あの時私が動揺を隠して、堂々と彼にプレゼントを渡し、「今ここで開けてみて☆」と言って、彼の反応をじっくり見ればよかったと後悔している。喜ばせるのが無理なら、どんな困った反応を示すのか、それを見るのも楽しいではないか。

それがサンタさんからのプレゼントだったとしたら、私、貰い損ねちゃった。。

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Posted by late_bloomer at 22:36Comments(16)TrackBack(0)

2005年12月23日

贈り物

私はつい最近まで、彼氏からプレゼントを貰うなら、欲しいものを告げて一緒に選びに行ってもらう、これが一番好ましいケースだと思っていた。彼と一緒のショッピングは楽しいし、自分の好みそのものを手中にできる。一石二鳥である。

だが、私が逆に贈る場合は、相手に欲しいものを聞くものの、一人で買い物に行き、リクエストされた中でも彼が一番好みそうなものを一生懸命探し、プレゼントする。そのパターンが一番好きだ。なぜなら、中身を見た瞬間の彼の顔をみるのが楽しみだからである。

「うわぁ、こういうのが欲しかったんだ」そんな言葉を聞けたら、もう百点満点。あれこれ彼のことを考えながら、プレゼントを選ぶのはとても楽しい時間だし、彼の好みにぴったり合えば、なんとなく誇らしげな気持ちになれる。

そういう気持ちが芽生え始めた頃から、貰うより贈る方が楽しみが多いと思えるようになった。と、同時に、私もちょっぴりサプライズが欲しいなと思うようにもなった。

私の知らないところで、彼が私の為にプレゼントを選んでくれる。
その時間は、一緒にいないだけに嬉しさが倍増するものだ。一人でいる時に、私のことを考えながらプレゼントを選んでもらえるなんて、なんて幸せなんだろうと最近は思う。

そう思うようになったきっかけは、私の誕生日に、友人が手作りパウンドケーキを作ってくれたことだ。彼女は、事前に何も言わず、週明けに会社に行くと、お昼休みに、「はい、コレ。お誕生日おめでとう。週末にちょっと作ってみたの。食べてね」と言って、“お店で売れるんじゃないの!”バリのケーキをくれたのだ。ケーキのおいしさはもちろんだが、私の知らないところで、週末に私の為に時間を割いて、ケーキを焼いてくれた、その事が何よりも嬉しかった。この時、手作りモノに弱い男性の気持ちがはじめてわかったような気がした。既製品ではない、世界で一つだけの心のこもった贈り物なのだ。本当に嬉しかった。

そりゃぁ、高価なプレゼントも嬉しいが、やっぱり贈り物には“心”がこもっていなければダメなのだ。そして、その“心”は、あればいいってもんでもない。くれぐれも、その“心”がとんでもない方向に行っちゃわないパートナーを選びたいものである。

街中クリスマスソングで溢れ、イルミネーションやツリーで彩られている中、友人の為に軽いプレゼントを選んできた。今回はまったくのサプライズである。明日、どんな顔でこれを受け取ってくれるのだろうと思うと、今からワクワクである。

素敵なクリスマスイブを!

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2005年12月22日

続報・恋人募集します。

一つのことに執着し固執し続けると、だんだん視野が狭くなり、そのことだけが自分の世界になってしまう。そんな中で、そのことが突然無くなってしまったら、目の前が真っ暗になり、絶望の淵に追い込まれ、まるで、何もかも失ってしまったかのように錯覚してしまうものだ。

だが、ほんのちょっと目線を変えてみるだけで、暗闇はだんだん明るさを取り戻していき、視野はどんどん広くなっていく。そして、実は、暗闇の中にいる時間でさえも、自分次第で長いものにも短いものにもコントロールは可能なのだ。そして、そのことに気付き、ほんのちょっぴりでも明かりに向かって歩き始めると、世界はガラリと変わるのである。

私が体調を崩して会社を辞めた時、このことになかなか気付けず、自分で自分を暗闇の中に押し込め、明るさを取り戻すのに随分時間をかけてしまった。だが、今回、私はB子ちゃんのおかげで、“早く最初の一歩踏み出す”ことの大切さを、改めて実感することとなった。

突拍子もない今回の企画。
多くの女性にGOOD JOB!!のコメントをいただいたき、舞い上がってしまった私だが、賛同してくれるかどうかは男性次第。内心は冷や冷やビクビクものだった。

私はもともと小心者。
自己防衛本能が働き、最初に最悪な事態を想定しておく。
一通もメールが来ない。冷やかしで終わってしまう etc...

だが、そんな心配をよそに、B子ちゃん宛に多くの方が励ましのメールやB子ちゃんをもっと知りたい!などのリクエストメールが寄せられたのだ。
皆、ルールやマナーがどうこうなんてレベルではなく、本当に素敵なメッセージが詰まったメールばかりだったのである。

B子ちゃんは、また泣いてしまった。
「未来なんてもうないって思ってたのに・・。」と。
B子ちゃんのこれからは、もうB子ちゃんが決めるものだ。
私ができるのはここまで。おせっかいババアにならないようサっと手を引こう。

さてさて、私についてであるが・・、
期待をしていなかったと言えば大嘘になる。

うっきゃ〜〜!!
なんと、私宛にもメールが来てるじゃないかっ!!
しかも、“こんな私にはもったいない”相手ばかりである。

私は、自分の条件が悪い事を自分自身が一番良く知っている。
ただの30代後半なら、胸を張っているだろう。だが、療養中であり、無職だ。
そんな私を受け入れようという人がこの世にいるだろうか?

だが、世の中本当に捨てたもんじゃない。
私は、私宛に届いたメールを何度も読んだ。
真剣に前を見つめている人達である。

ぴっかぴかの健康体になるまで、恋愛は無理だと思いこんでいた。
だが、諦めたら本当に何も始まらない。つくづくそう思った。

私は、この貴重な縁を大切にしたいと思う。
早速、返事を書かせていただいた。

だが、もしかしたらそこで縁が切れてしまうこともあるかもしれない。
しかし、“私を受け入れようとしてくれる人がいた”という事実は変わらない。
その事実によって、私はどんなに勇気付けられただろう。本当に嬉しかった。

もしかして、B子ちゃんより、私の方がシミジミ喜んでいたりして。。

何事もやってみるものだ。
これからも“案ずるより産むが易し”の精神でやっていこう!

メールを下さった方、応援コメント下さった方、ありがとうございました!!

人の温かさをしみじみ知った私に、良かったねの人気blogランキングクリックよろしくお願いします☆

  
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2005年12月21日

恋人募集します。

世の中には、30代後半女性に合う、素敵な独身男性がたくさんいることと思う。
だが、一体どこにいけば出会えるのか?

“素敵な人、絶対現れるから”と私がB子ちゃんに言っても説得力はゼロだ。
何せ私は、家で犬の世話に明け暮れる生活をしていて、私自身まったく出会っていないし、友人は皆既婚者。いや、待てよ、OLをしていた時だってそうそう出会いなどなかったではないか。

そうやって多くの女性は、恋人が欲しいと思いつつ“いつか出会いがある”と信じ、気が付くとまた1年経ってしまった、なんてことになっているのではないか!?
出会いは待っているだけではやってこないのだ。どんどんチャンスを作らなくては!

ということで、この場で恋人募集をしてみようと思う。
ついでに私も☆

ルールとマナーを守れる正真正銘の独身男性の方
年齢・職業・居住地・B子ちゃん希望、yukikoちゃん希望を明記の上、
ブログ上のアドレス宛にメールを下さい。

なんだか怪しいサイトの内容みたいになってしまいましたが、真面目な気持ちで考案したものです。

こんな出会いがあってもいいじゃないか!

いい企画だ続報も頼む!という方人気blogランキングクリックお願い致します☆
  
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2005年12月20日

続 傷を癒して・・

B子ちゃんは、彼との通信手段をすべてシャットアウトすることで、自分を守ろうと必死だった。だが、A君は、着信拒否をされても何度もB子ちゃんに連絡し、その痕跡を残していた。

B子ちゃんは、その着信履歴を見て、わずかの可能性にかけてしまったのである。
“何の電話だったんだろう?”“もしかしたらもう一度やり直そうって言いたいのかな”と。でも、必死になって我慢した。“別れた方がいい、今が踏ん張り時だ”と。

だが、毎日かかってきた電話がなくなり、一日おきに会っていたA君が突然消えてしまったことは、B子ちゃんの想像をはるかに越える辛さであり、B子ちゃんは、その辛さに勝てなかった。そして、A君へ自ら電話をしてしまったのである。

ところが、A君の電話は通話中でまったくつながらない。B子ちゃんは、いてもたってもいられなくなった、“きっと新しい彼女と電話してるに違いない”B子ちゃんは、何回かリダイアルした後、もうどうしようもなくなり、車の鍵を取り出してA君の家に行ってしまったのだ。

部屋には明かりがついていた。A君は家にいる。何度もピンポンを鳴らした。
だが、電話に夢中になっていたA君は、その音にすら気が付かなかったのだ。B子ちゃんの心の中に“居留守だろうか?”という気持ちがよぎった頃、やっとA君の家の扉が開いた。

A君とB子ちゃんは、最初は冷静に話をした。
二人は一度別れている。同じ理由で二度目の別れが来たのだ。お互いに“合わない”という事実は認識している。だが、B子ちゃんは、その事実を認識することはできても、彼が別れと同時に新しい彼女を、いや、前から好きだった彼女と付き合いはじめていたこと、突然関係がぷっつり切れてしまって、自分がどうしていいかわからなくなってしまったこと、この事が彼女を苦しめ、A君から離れられなくしていたのだ。

話がどんどん核心に近づくにつれ、もうどうしようもないと悟ったB子ちゃんは、錯乱状態に陥ってしまった。そして、「もう生きていたくない」とA君を責め続けたのだ。

A君は必死にB子ちゃんをなだめ、落ち着くまで彼女を家に帰さなかった。
そして、「心配だから送っていくよ」というA君を見て、B子ちゃんは、ますますA君を離したくなくなってしまった。なぜなら、B子ちゃんはその時、A君がどんな時でも自宅まで送り届けてくれたことを思い出したからだ。口うるさく文句ばかり言って、彼を困らせていたB子ちゃん。別れ際になって、A君の優しさばかりを思い出し、自分を責めることばかりしてしまったのである。

もうこうなってしまってはどうしようもない。
だがその日、B子ちゃんは「もう大丈夫、心配かけてごめんなさい」と必死の思いで言い、一人でA君の家を後にした。一度感情を思い切り吐き出したB子ちゃん。
その日の夜は、興奮しながらも少し気が晴れたと言っていた。

だが、翌日、昨晩の光景とともに目が覚めてしまった。
もうダメだ。涙は後から後から溢れ出てくる。B子ちゃんは、また自らA君に電話してしまったのだ。「私、こんなに辛くなるとは思わなかった。もう、どうしていいかわからないの。そばにいてくれないとダメなの。」今までそんな弱気なセリフ、B子ちゃんは一度も吐いたことがなかったという。だが、A君に「もう決めたことだから。同じ理由で別れを繰り返しても意味がない。それにもう気持ちがなくなってしまったんだ。ズルズル会ってもB子の為によくない。だから、もう俺はお前に何もしてやれないんだ」そう言われ、用事があると言って電話は切られた。B子ちゃんは、ただただ泣いていた。

私も、別れを切り出されて後悔する事が多いタイプだ。
B子ちゃんが、振られた後、A君にすがってしまった気持ちはよくわかる。
だが、誰に聞いても「そんなことするのが一番ダメなこと。後悔させるぐらい綺麗さっぱりさよならしてやりなさいよ」そう言うだろう。だが、この負のスパイラルに巻き込まれている時は、わかっていてもなかなかできないものである。

私は、B子ちゃんのことを誤解していた。
もっと大人で、もっとクールで、こんなに彼にすがったりするような女性ではないと思っていたのだ。だが、本当は強がっているだけで、素直になれない不器用な寂しがり屋の女性だったのだということを初めて知った。

私が今、B子ちゃんにしてあげられることは何もない。
彼女は、必死になって楽になる方法を探しているが、そう簡単にB子ちゃんが楽になることはないだろう。

“本当に相手を愛していない恋愛は上手く行かない。本当に愛し合っているならば、恋愛は簡単にうまく行くものである”という一節を思い出した。

B子ちゃん、本当にA君を愛していたの?

もうB子ちゃんに頑張れとは言わない。ただ、できるだけそばにいよう。

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Posted by late_bloomer at 12:57Comments(14)TrackBack(0)