2005年10月22日

功績

3ca59df8.jpg「ワッフル事件」でたくさん泣いた後、私は会社へ行って、この事件の顛末をいろんな人に吹聴して回った。皆身を乗り出して真剣に聞いてくれ「それは、彼ひどいね」とか「アイスは食べちゃだめでしょ」とか、男の子は「俺は極妻の旦那が怖いからそっとしておくな」とか「飲酒運転だろうが俺が運転して帰る(絶対ダメですよ)」とかいろんな意見を聞かせてくれた。

この事件を話して良かったなと思ったことは、私がすっきりできたことと、それぞれ旦那さんにこの話を持ち出して夫婦間の話題にのぼったことだ。
私の話で夫婦でディスカッション☆会話は夫婦円満の秘訣。こんな私でも誰かの役に立つのか、と思うと胸が熱くなった。

一通り話せる人に話し終えた頃、旦那さんにもお会いしたことがある、Cちゃんからメールが来た。「ね、そこのお店、どこどこ?うちから近いから土曜日に旦那と一緒に行ってくる!」と。私は「すごく混んでるし行くなら平日の夜にしたら?」と助言したのだが、その週の日曜日に再度メールが来た。

「行ってきました!偉大なる功績を残しましたね。その看板の横には見張りのおばさんまで立ってたよ。」と、この写真とともにメールが送られてきたのだ。

私は、“あんな店もう二度と行くもんかっ!”と息巻いていたので、その後のことなど考えもしなかったのだが、お店側もきちんと受け止めてくれたようで、“あの事件は決して無駄ではなかったんだ。私の言った事間違ってなかったんだ”と嬉しくなった。

しかし、しばらくの間はやはりお店に行く気にはならなかった。が、時間と共に記憶は薄れるもの。あの事件さえなければ、あの店は私のお気に入りになっていたはず。あんなにお得なお店は他には見当たらない。そして最近、時々またお店に行くようになった。

私は店長の顔をしっかり覚えていた。おそらく店長も覚えていただろう。
客商売をしている人はわかると思うが、意外とお店側も客の顔は覚えているものだ。特にあれだけのインパクトを与えた私の顔は覚えているに違いない。
だが、もちろん店長は何も言わないし、私も何も言わない。
おいしく規律正しくワッフルをいただくだけだ。

あの看板があれば、極妻一家も自分達が悪かったことがわかるだろう。
いや、わからないか・・。
だが、もしお店で鉢合わせしても、私は堂々としていればいい。
だが不思議なことに、極妻一家の顔は全然思い出せないのである。

あの時私は、声も全身も震わせて、泣きながら極妻一家と闘っていた。
そして、店中の人が私達を見ているのも知っていた。
だが、私はちっとも“恥ずかしい”とは思わなかった。
おそらく自分が正しいという自信があったからだと思う。

もし私が闘う本人ではなく、その場に居合わせただけの客だったら、どうしていただろうか?私のように一人で闘ってる女の子に加勢しただろうか、それともやはり他人事として観客と化していただろうか・・。

できればすくっと立って、その女の子の肩を抱き、そっと「あなたは間違ってないわ」と耳元でささやき、店長に向かって「これはお店側の問題じゃありませんか?後は店長さんに任せましょう」といって、女の子を抱きかかえながら席に連れて行く。
そ〜んな格好いい女になれたらいいなぁ。

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2005年10月21日

たくさん泣いた日

数年前のあの日、彼氏と二人でステーキレストランへ行った。
そこでは、値段の割りにおいしいお肉が食べられる上、メインのお肉料理を頼むと、ライス、スープ(2種類)サラダ(8種類)フルーツ(メロンや巨峰など季節物)デザート(杏仁豆腐やゼリー、ワッフル)が食べ放題になる。それら含めて予算は1000円ちょっとから、とかなりリーズナブルだ。

ここのワッフル、ワッフルの素が作ってあって、自分でワッフル焼き器にバターをぬって、生地を流し込む。2分間タイマーをかけて「チンッ」となったら出来上がりだ。セルフサービスなので、その場で出来上がりを待たなくてはならないが、その横には、生クリームやチョコレートシロップ、数種類のジャムがあり、焼きたての上、好きなトッピングをたっぷりのせられ、こんがりとして、かつ、ふっくら柔らかいワッフルは絶品である。

その日は土曜日で、店内は家族連れでごった返していた。
お肉もまぁまぁ、サラダもたくさん食べたし、スープもおいしかった。メロンをいっぱい食べて、さぁ、仕上げはワッフルだ。私の席からはワッフル焼き器がよく見えた。子供を連れたお父さんや、お母さん、カップルの彼女、かなりの列ができていた。彼が、「俺が並んで作ってくるよ」と言ってくれたので、私はなるべく列が少なくなるのをライチをちゅーちゅー食べながら、チラチラと見ていた。

ちょうど極妻みたいなおばさん一人になったので、彼氏に「今がチャンス!」というと、彼はその極妻の後ろに並んだ。しかし、何分経っても彼の順番はやってこない。よく見ていると、極妻の娘のヤンママが、極妻からお皿をもらってテーブルに運んでいる。そう、極妻は、一人で何枚も焼いていたのだ。私が彼を見ると、彼はお手上げのポーズをしてみせたが、私はだんだんワッフル食べたさにイライラし始めた。
あのおばさん、ルール違反じゃん。普通は一人一枚じゃないの?今までどの人も後ろに並んでたら一枚でやめてたのに。そう思った瞬間、私は極妻めがけて歩いていた。

私は彼の制止を振り払い極妻に言った。
「後ろで待ってるんです。一枚にしてもらえませんか?」と。すると極妻は物凄い形相で私を見て、「は?あんたお店の人?どこにそんなこと書いてあんのよ?」と大きな声で言い返してきた。満席の店内はシ〜ンとなった。私は必死になって「そんなこと書いてなくたって常識じゃないですか?」と言い返すと、それを見ていたヤンママが極妻のところに歩み寄り「何なのよ、あんた。うぜーな」と反撃してきた。そしてついにはヤンママの旦那と思われるヤンキー兄ちゃんもやってきて、私は3対1で闘う羽目になった。お店中の人が私たちを見ていた。

その間私の彼氏は、私の背中をなでながら、ずっと「もういいから、もういいから」と私の陰でささやくだけだった。私は心の中で“どうして加勢してくれないんだろう”と思った。“私、間違ってない。なのにどうして、私には味方が誰もいないの?”悔しくて涙が出てきた。

結局、彼が店長に顛末を話し、その場はやっと丸く収まったのだが、席へ戻ってみると、その家族と私達の席は後ろ前で、会話がよく聞こえる距離だった。極妻もヤンママも私に聞こえる声でグチグチ文句を言っていた。その間私は悔し涙が止まらなかった。それを見た彼氏が「こんな嫌な思いするんだったら早く出よう」と言ったが、そうはいかない。先に帰ったら負けだ。「絶対先に帰らない」彼氏にそう言った。そうこうしているうちに極妻の旦那が「おい、そろそろ行くぞ」そのひと声で、一家は私たちより先に帰って行った。

すると、店長がすごすごと出てきて、私たち二人に頼んでもいないアイスクリームを持ってきた。店長にしてみれば、私が言っていることもわかったのだろうが、極妻ファミリーもお客様だ。私たちにアイスをサービスするのが精一杯だったのだろう。
だが、気が治まらない私はアイスに手をつけなかった。すると、彼が「もったいないから食べようよ」と言って私のアイスまで食べてしまった。心の中で“この人と私はもうダメだ”そう思った。

アイスを食べ終わったところで、お店を出た。
私はまだヒックヒックと泣いていた。すると彼が「俺さ、ワイン飲んじゃったから運転してくれる?」と言ったのだ。その一言で私の心は凍りついた。“全然気持ち通じてない・・。普通、少し私の気持ちが治まるのを待つとかしてくれるんじゃないの?何の話もないまま私に運転しろって言うの?”なんだかもう何もかもが嫌になった。

家につくと、彼が私の部屋まで追いかけてきた。
もう我慢の限界だった。私は大声で泣きながら、思いのたけをすべて吐き出した。彼は「男の俺が口挟んだら大喧嘩になる。だから俺は店長に処理してくれるよう言ったんだ」と言った。確かに彼は正しかったのかもしれない。でも、ほんの少しだけでも私をかばうような仕草が私は欲しかったのだ。彼はずっと私の影に隠れているだけだった。そして、一緒に悔しがってアイスなんて食べて欲しくなかった。だが彼は、揉めたりしないで楽しんで食事をしたかったと言った。

私は間違っていたのだろうか?
私がルールやマナー、普通だと思っている事とは違う考えを持った人達に、自分の考えを押し付けた私がバカだったのだろうか?
大人しく極妻が何枚もワッフルを焼くのをじーっと待っているのが正解だったのだろうか・・?

数日後、この話を聞いてくれた友人が、私に一通のメールをくれた。
その時やっと、私の気持ちは晴れ晴れとしたのである。

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2005年10月20日

普通って?

私はよく「普通はさ〜」と言って、発言することがあるが、よく考えてみると、私が言う“普通”ってまったく根拠などなく、あくまでも私にとっての普通だったりするんだ、ということが最近になってわかった。

世の中にはいろいろな普通を持っている人がたくさんいる。
自分の尺度で物事を考えていると、「え?」の連続になってしまって、「なんだよ」とむかついちゃったりする事が多い。だから、どれが普通なのか、はっきりわかる何かがあればいいのにと思う。

私がお世話になった、外資系メーカーの主な社員の通用口は、南側の正面玄関と、北側の駐車場を利用する人の為のドアだった。正面玄関は自動ドアで、社員証を通すと自動でドアが開くシステムになっていたが、駐車場から社内に入るドアは、社員証を通してから、よっこいしょと自分でドアを引く仕組みになっていた。私は車通勤をしていたので、在籍している間は殆どこのドアを利用していたのだが、ビル風の為か、このドア、結構重かった。

始業時間ギリギリくらいに到着すると、同じようなギリギリ組みがいっぱいいて、そのドアには列ができる。皆社員証を通してドアをくぐらなくてはならないからだ。
皆、ギリギリだから焦っているのだが、中には社員証を通すその場で、かばんの中をゴソゴソしだし、社員証を見つけるのに必死になっている人もいる。優しい人はその人を待ってたりするが、私はせっかちなので、その人を押しのけて先に入っていく。

私の中には、「皆が並んでいて、しかも急いでいるんだから、その場はすんなり通らなければいけない」、という“普通”があった。私は車を降りる時点で社員証をカバンから出し、手に持って列に並ぶようにしていた。まぁ、これは性格もあるだろう。おっちょこちょいさんもいるから、そんなたいしたことではない。“しっかりして!”と思うくらいだ。

だが、いつも「おいっ」と思ったのは、ドアを自分が入ったら押さえないで行ってしまう人がたくさんいることだった。列といっても、スーパーのレジに並ぶよりよっぽど人と人の間は狭い。すぐ後ろにそのドアを入る人がいるのだ。ほんの数秒ドアを手で押さえていれば、次の人がスーっと入れる。そしてその次の人がまた押さえて・・の繰り返しでスムースに気分良く朝が迎えられるのだ。

だが、男性・女性・ギャル・オヤジ、ジャンルに関係なくこれをしない人がたくさんいた。そういう人の後に並んでしまうと、「う〜ん、よっこいしょ」と重いドアを開けなければならない。しかも2重ドアになっていたので、その動作を2回しなければならない。“何で後ろの人の事考えないんだろう・・?”ここでの私の中の“普通”は、「後ろの人のためにドアは押さえておく」、だ。

中には、私の華奢な腕を見て、高い位置から一緒に手を伸ばしてくれる素敵なジェントルマンもいた。そういう時は、“私もそうしよう”という思いになり、前の人が重そうに開けていたら、一緒に手伝うようにしていた。これは“普通”じゃなくてデキる大人の仲間達だ。

私の中の普通と違うことが、ここにはたくさんあった。

私が入ってくるのがわかっているのに、誰もエレベーターのOPENボタンを押してくれず、思い切りドアに挟まれたりした。4人も男性が乗っていて誰一人ボタンを押そうとしない。なんでよ。“普通”は、「乗り込もうとしてる人が見えたらボタン押す」だろ。怒。

一度、私よりジャンボな女の子と二人でエレベーターに乗り込もうとした時、同じようにドアに二人で挟まれたことがあった。二人で思わず「痛いっ!」と声を出してしまった。エレベーターには、私たちよりはるかに背が低い男の人が、一人格好つけてポケットに手を入れて立っていた。2対1だったせいもあるだろう。私達は強気だった。エレベーターの中で「痛かったねぇ。ふ・つ・う、ボタン押さない?」と聞こえる声で喋り、彼女はついに「小さくってボタンに手が届かなかったんじゃないの?」と言ってのけた。ひゃ〜、この彼女の発言もちょっと普通じゃないが、同じように憤慨していた私には「どうしてそれくらいのことができないの?」という風にしか聞こえなかったのだ・・。

こうして考えてみると、自分で勝手に“普通”を決めないほうが、日々穏やかに過ごせるのだろうと思う。世の中いろんな人がいるのね、くらいに考えて暮らすのだ。

それができれば、あんな大きな喧嘩しなくてすんだのに・・。

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Posted by late_bloomer at 00:25Comments(11)

2005年10月19日

色いろいろ

ブログのデザインを変えてから一週間が経った。
確実にいろいろなことが変わってきている。

私はここでたくさんの温かいLOVEをもらっている。
ここ一週間でそのLOVEパワーが強くなったように思う。
温かいメッセージ、応援クリック、読んでくださる方、そういう方々がいるということを、以前より多く感じられるようになった。
もしかしたらピンクは、LOVEを引き寄せるのではなく、自分がLOVEに対して敏感になれるのではないだろうか。

そして、なんとなんと痩せたのだ。
これまでは増加の一途だった体重が減り始めた。一週間で400g。
「なんだそれっぽっちかよ」という声が聞こえてきそうだが、・・・痩せたことにはかわりないっ。おそらくデザインを“変えた”ことで、私の頭の中の体重に対する考え方が“変わった”のだと思う。
本気魂に火が点いた。

私は遺伝子レベルでいうと、炭水化物を減らすことが一番痩せる近道らしいということがわかった。だが、私は炊き立てのご飯と、パンと麺が大好き。これをまったく食べないと言うのはかなり無理がある。なので、今まではおかずよりご飯の量が多かったのを逆転させ、炭水化物の前に野菜を先に食べるよう工夫を凝らした。全体的に食べる量は変わらない。
だが、痩せた。この調子だと一ヶ月で2キロ弱ぐらいの減量になる。パーフェクトだ。

何かを変えると何かが変わる。
私は、変わることがあまり好きじゃない。なかなか馴染めないからだ。
だから、“いつもと同じこと”をするのが落ち着くし安心できる。だが、いつもと同じは、なかなか新しい何かに変わることはできない。・・なんだかややこしいな。

小難しく考えると面倒くさくなってしまいそうなので、これを機に、まずは自分自身が身に付ける色から変えていこうと思う。私は冬場は、白・ベージュ・黒・紺・茶の服が殆どだ。ベーシックで落ち着く色が着ていて一番安心できる。組み合わせも簡単だし、失敗がない。どうしても同じような色や形のものばかり手にしてしまう。

だが今年の冬は、淡いピンクのセーターや、優しい黄色のセーター、水色のコートなんかを買って、イメチェンしていきたい。

22歳の冬、真っ赤なコートを来て意気揚々と電車に乗り込んだら、酔っ払いのオヤジに「おぅ!サンタクロース!」と呼び止められ、乗客皆に笑われたことがある。それ以来、赤いコートは封印していたが、今年、思い切って可愛いショート丈の赤いコートにチャレンジしてみるのも悪くない。

きっと何かが変わるはず。

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Posted by late_bloomer at 01:06Comments(11)

2005年10月17日

もったいない・・

緊張しながら病院へ着き、待合室でキョロキョロ周りを見渡していたら、ふと医師の勤務表に目がとまった。“今日は月曜日だからぁ・・あれ?今日愛しの先生の名前ないじゃん”私は今迄ずっと金曜日に通院していたのだ。だから、先生が月曜日がお休みだなんてこと全然考えていなかった。“でも、ま、点滴だけって言ってたし、診察なしなんだろうな”と考えていると、名前を呼ばれて診察室へ通された。すると、いつもの先生が私を迎えてくれた。先生の顔を見て、ものすごくほっとした。

母は先生と初めて会った時、「稀に見る不細工な男だね」と言い、「医者だしお金持ってるだろうけど、ああいうのでも結婚できる?」と私に聞いた。私は即答した。「先生指輪してたよ」と。顔をチェックするより指輪チェックの方が先だということを、母はわかっていない。

話がずれたが、この先生、私の為に出勤してくれていたのだ。
若いお坊ちゃま院長先生で、病棟の裏に住んでいるとはいえ、自分の出勤日に私の点滴日を合わせるのではなく、私の希望日に先生が合わせてくれたのだ。もう母に二度と先生のことを「稀に見る不細工」とは言わせないっ。

簡単な問診を受けた後、念のため心電図をとった。何も問題はなし。
点滴に入る前に、何度も「お手洗いに行っておいて下さいね」と言われたので、3回も行っておいた。だが、点滴の量が多いので、皆途中でトイレに行きたがると言う。なので、針の刺し位置もあらかじめトイレに行きやすい位置に刺しましょうと看護士さんは言った。私の血管は男性並に太い。看護士さんは「あぁ、良く出てる」と言って、一発でブスっと針を差し込んでくれた。

一人になってしばらく点滴を見ていた。
色はオロナミンC色。なんとなくビタミンCがたっぷり含まれていて、点滴が終わったらお肌がツルツルになるかも。なんて考えているうちに眠ってしまったようだ。
一時間半くらい眠ったのだろうか。点滴の量はもう残りわずかだった。
だが、看護士さんの言ったとおり、トイレに行きたくなった。点滴引きずってトイレ行くの面倒くさいし、薬のせいか体がだるくて重い。だが、尿意には勝てなかった。

ズルズルとトイレに行くと、オロナミンCが大量に出た・・。
“やだ、もったいない。せっかくお金払って血管に入れてもらったのに、何で出ちゃうわけ??”その後もトイレに行く度、オロナミンCが出る。一体どれだけの点滴が本当に体に残るのか心配になった。今度、先生に聞いてみよう。ちょっぴり恥ずかしいけど☆

初めての薬が体に入ったせいか、さすがにだるくて家に帰るとガッツリ眠り込んでしまった。まぁ、これもそのうち慣れるだろう。

やっと目が覚めた頃、心配した姉がわざわざ電話をくれた。国際電話は高いので、殆どメールのやりとりですませているのだが、こういう時姉は電話をよこす。ひとしきり話し、「もったいなくてさ」と言うと「もう一回取って入れてもらえば?」と言っていた。電話のタイミングも返事のいい加減さもさすが我が姉。あの母にしてこの姉ありだ。

そんなこんなな毎日を、これから2週間過ごすわけだ。

私はいつも何か新しいことを始める前、自分で高い壁を作ってしまう。
そのせいで今迄いくつのことに躊躇し、踏みとどまってしまったことか。
だが、実際始めてみると、「そうでもないじゃん」ということが多い。
予めいろいろ想定するのも大事だが、し過ぎるのはちっともよくない。
えぃっと前に進んで、ダメだった時考えればいいじゃないか。

今回も「2週間毎日通って点滴を受ける」ということをすごーーく大変なことのように考えていた。だが、実際、母は、近くにある大型ショッピングセンターの100円ショップで楽しんでいたし、あっという間にすべてが終わってしまい、家でのんびり過ごすことができた。そして体が慣れてきたら一人でも充分行き来できるだろうと自信もできた。
たいしたことないじゃん。

ここのところ点滴シリーズが続いてしまったが、そろそろ終わりにしよう。
だが、2週間が終わったら、結果だけはお知らせしたいと思う。
その時は、「点滴やって本当に良かった。こんなに変わると思わなかった」というお知らせができたらいいな。。

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Posted by late_bloomer at 23:44Comments(15)

2005年10月16日

続 え?ホントに!?

私は80%くらい入院する事に決めていた。
やはり自分ひとりで車に乗って毎日病院へ通うのはしんどい。
かといって、周りに迷惑はかけたくない。
入院してしまえば、後は専門家がついていてくれるし、生命保険にも入っているから、費用もなんとかなるだろう。

だが、母は私に言った。
「一日24時間のうち、点滴を受けるのはたった2時間でしょう?往復の時間や、待ち時間を入れたとしても、4時間程度。その他の20時間を、話し相手もなにもない病院で過ごすの?一生懸命やってるブログもできないじゃない。寝たきりというほど悪くない人間が、何もすることがない病室に2週間もいるのは、辛いと思うよ。予定がない限り付き添うから通院で頑張りなさい」と。そして、今週はゴルフも何も予定はないという。私にとって最初の一週間が一番不安だ。副作用がないとはいえ、一人で帰って来れるだろうかと。だが、母の予定がない今、すぐにでも治療が開始できればその不安がなくなる。あとの一週間はもう慣れているだろうし、体もよくなっているかもしれない。母に甘えよう。そう思った。

次の診察日は2週間後だが、この病院、先生とメールで話ができる。
私は最初の頃、薬の副作用がきつくて2度ほどメールで相談した事がある。いつもその日のうちに返事がくる。そして私は返事を読んで、副作用が必ず治まると言うことを知り、わざわざ病院へ行くことなく、ゆっくり安心して眠りにつくことができた。実際、副作用は次第に楽になっていった。

私は、久しぶりに先生へメールを送った。
母が付き添ってくれるから、通院で点滴治療を受けたいこと。ただ、自分ひとりでいく場合もあるので、その場合、自分で運転して帰ることができるかどうかということ。そして、できることなら次の診察を待たずにすぐにでも治療を開始したいということ。

返信はいつものようにすぐにきた。
付き添いがあるのなら、早く治療が始められるから通院がいいだろうということ。
自分ひとりで運転して帰る場合は、点滴後、一時間休んでもらってから帰すから心配はいらないこと。治療期間は、とにかくリラックスした生活を送ること。
そして、予定が合えば、明日から治療を開始できるよう手続きを取っておいてくれるということ。などが、書かれてあった。
私はすぐに「明日、月曜日からお願いします」と返信し、明日から治療を受けられるようになったのだ。いつも、的確に迅速に動いてくれる先生に、感謝の気持ちでいっぱいになった。

そして私は、元気で車の運転が上手で、フットワークの軽い母がいてくれたことに、深く感謝した。母が、ああ言ってくれなかったら、私には選択肢がなかった。言葉にすると簡単すぎてしまいそうで、まだ「ありがとう」とは言えてない。私が元気になった時、母に精一杯恩返しをしよう。そう思った。

だが、今日、昼食時に母は私に言った。
「あのさ、ちょっと言いづらいんだけど、言ってもいい?」
「え?なに?言いたいなら言えば」と私。
「毎日あの病院まで往復すると、車のガソリンかなり使うんだよね。今高いしさ。あんたのあのマメで行ってもいいんだけど、あの車で行くの疲れるしさ。その辺どう考えてんの?」
「・・・・。」

私はもちろん考えていましたよ。そんなこと。
母の時間を奪い、迷惑をかけるんですから。
ちゃんと、母の車にガソリン満タンに入れようって心に決めてましたとも。
せっかくハートフルな気持ちでいたのに、先に請求されちゃ感謝の気持ちも半減だ。

だが実は、この小憎らしさが私の心にあまり負担をかけないのだ。
「わかってるよ、ガソリン入れればいいんでしょ」私が言うと、母はにっこりした。
私の気持ちはますます軽くなった。

だが、このクソババア、自分が寝込んだりしたら、思い切り私をこき使いそうだ。「あの時、毎日病院まで行ったでしょ」と言って。
あ〜、借り作っちゃったよ・・。

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Posted by late_bloomer at 15:52Comments(20)

2005年10月14日

え?ホントに!?

仕事をしていた頃は、一日は長く、そして一週間はもっと長く感じられたが、一年はあっという間だった。だが、体調を崩し、会社を辞めてから10ヶ月が経った今、早いような遅いような、なんだかよくわからない。おそらく、忙しい日や忙しい月、そういったメリハリがない日々だからだろう。

倒れこんでしまったあの頃から比べたら、本当に良くなった。
だがここ数ヶ月、もうあと一歩というところなのに、その一歩がどうしても踏み出せずにいる。どうしても一ヶ月に一度、一週間くらい寝込んでしまう。そして、例え起きていられたとしても、常に動悸や胸痛に悩まされ、いまいちスカっとしないのだ。なんだよ、勘弁してくれよ。

今日は3週間に一度の診察日だった。
先生と私は、面接官と受験者のように、テーブルを間にして真正面に向き合って座る。先生は私の目の前でカルテを広げ、前回までの治療と経過を毎回見ては、私から話し出すのを待ってくれる。そして私が言う通りにカルテに書き綴る。とてもオープンなやり方だ。

そして私は、とりあえず最初に結果を言う事にしている。「この3週間は調子良かった。」こういえば、話は早い。「ふん、ふん、顔色もいいし、それじゃぁ、前回と同じお薬でまた3週間後に。」といった感じで診察はスムースに終わる。

だが、今日の私はじっくり話したかった。
ここ数ヶ月の足踏み状態が不安だったからだ。が、先生はもうわかっていた。
この先生、実に的確な判断をする。
経過をじっくり見てくれているのがよくわかる。

今回、新しい治療法をすすめられた。それは2週間の点滴治療である。
飲み薬を増やす手もあるが、私の場合、薬を増やしても根っこが深すぎて、そこまで治療するにはかなり時間がかかってしまうというのだ。それに比べ、点滴は直接血液に吸収されるから、副作用も殆どなく、確実に早く一歩前に進めると先生は言い切った。だが、2週間毎日通院して点滴を受けるか、2週間入院して点滴を受けるか、どちらかを選択しなければならないという。

私の家から病院まで車で約1時間かかる。これまでは、なるべく手があいている人にお願いして付き添ってもらい通院していた。だが、2週間毎日付き添ってもらった上、点滴は一回につき2時間くらいかかるだろう。それを待っててもらうのは忍びない。
病室は個室でテーブルや椅子もついていて、テレビもある。食事は部屋で取れると言うし・・。だが、点滴のためだけに入院するなんて贅沢だな、毎日一人で頑張れば2週間位なんとか通院できるだろう・・などと今、どちらにしようか迷っているところだ。

だがこの日私は、この話がぶっとぶような事実を知ることとなった。
私は、「パキシル」という比較的新しい薬を治療のメイン薬として飲んでいる。
今の先生にたどり着くまで、2度ほど病院を変わったのだが、どの病院でもこのパキシルを処方されていた。だが、それぞれ先生方の、この薬に対する認識が皆違うのだ。

私は年齢の事もあり、最初の先生に「薬を飲んでいても、妊娠できますか?」と聞いた事がある。その先生は、「妊娠がわかった時点で薬を止めれば大丈夫ですが、止めると病気がまた悪くなるので、薬を飲まなくなってから妊娠は考えてください」と私に言った。
そして二人目の先生は、「パキシルは新薬だから、データがない。どんな奇形児が生まれてくるかわからないので、薬を止めてから3ヵ月後であれば、妊娠しても大丈夫でしょう」と言った。

この病気、症状が治まっても、再発防止の為に薬を飲み続けなければならない。
30代後半だというのに、この先何年薬を飲み続けるのか予想もつかない。
だから私は、子供を持つ事を諦めるよう自分に言い聞かせてきた。
今の先生も、あと2年くらいは薬を飲まなければいけないだろうと言っていたし。
もうその時が来ても、私には妊娠する力は残っていないだろう。

そして今日、私がもっとも信じている今の先生に同じ質問をしてみた。
すると、「まったく問題ありませんよ」というではないか。
私は一瞬耳を疑った。そして「え?妊娠初期でもですか?飲み続けても赤ちゃんに何か支障をきたさないんですか?今まで、新薬だからデータがないとか、妊娠したら薬を止めなければいけないとか、体から薬がぬけるまで3ヶ月かかるとか言われて諦めていたんですがっ」とまくし立てた。

先生は、ゆっくりと、だが力強く私に言った。
「子供に奇形が出る確率は、薬を飲んでいない場合と同じです。ただ、授乳期だけは気をつけなければいけませんが」と。
そして「それと、病状が落ち着いてからでないと、妊婦本人が辛くなるので、症状が安定するまでは待ってくださいね」と。

私は頭がぼーっとした。
今まで赤ちゃんとか子供とかもう考えないようにしてきたのだ。
逆に、公園デビューも面倒くさそうだし、運動会とか疲れんだろうなぁと考え、子供のいないこれからの人生設計ばかり考えてきたのである。

それなのに、私、子供産めるかもしれないんだって・・。
こうして書いていてもまだ実感がわかない。
だって、そんな簡単に頭の中切り変えらんないじゃん。

私は今の先生を信じている。
今までは、私の訴えに首をひねる先生ばかりだったが、この先生は、私が質問する事に対して、時には、紙に図を書いて説明してくれることもあれば、難しい脳の仕組みまで説明してくれることもある。一度も納得しないまま診察室を出た事がないのだ。
薬についてもこの先生の説明が一番納得できた。とするとやっぱり、産めるのか。

そして、だんだん頭の中が落ち着いてくると、私はものすごく怖くなってきた。
だって、今の先生に出会わなかったら、私の人生大きく変わってたかもしれないのだ。

テレビや雑誌で「名医」について特集される意味がようやくわかった。
ひとごとでは決してない。病院も医者も私達患者が選ぶのだ。
自分にとって最良のパートナーになれる医師を選べる目を、これからは養っていかなければならない。

だって、自分の人生、医者に変えられちゃたまんないじゃん。

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Posted by late_bloomer at 22:53Comments(17)

2005年10月13日

やり手の男

母が夜のアルバイトに出るようになってから、約一ヶ月が経った。
彼女の仕事は夜10時に始まり、山積みになった食器を洗浄器に入れ、それを片付けることがメインだ。だがその他に、焼き鳥の網を洗うという荒行がある。最初の頃は、ピカピカにしようと熱心に洗っていたそうだが、チェックがあまいことに気付き、その後はそれなりに洗ってきたらしい。だが、この網洗いのせいで、右肩が痛く上がらないと言い出すようになった。私にピップを貼ってと何度も部屋に来る。

母は、私たち子供3人が私立の学校に通学していた頃は、一生懸命パートをしてくれていた。だがその後は、暇だからといって、仕事をしたことが何度かあったが、あまり長く仕事を続けたのを見たことがない。ばっくれたことさえあるくらいだ。

そんな母が、やはり早くも“辞めたいオーラ”をビンビンに出してきた。
何かといえば、「やっぱり週に3日も入るのは無理なのよ」とか「やっぱり夜遅い仕事は疲れるね」とか・・。しかし、仕事のある日に、早朝から起きてゴルフに行っているのだ。そんなの元気な若者だって疲れるだろう。

そして母は言いづらそうに、「今日仕事に行ったら、辞めるって言おうと思うの。」と私に言った。私は、もうきたか、と思いつつ「ふ〜ん、そう。きついんなら辞めたら?で、なんて言うの?」と聞いてみた。彼女なりにいろいろ考えたらしく、「中途半端なことはしたくないから、網洗いがきつくて肩が上がらないこと、シフトが入ってる日までしっかり働くこと、その辺をメインに直訴するつもり」と言っていた。充分中途半端なことしてるんだけど・・。

しかし、さすがにその日は言い出せなかったそうだ。仕事中いつ言おうかドキドキして言い出せなかったなんて、意外と可愛いとこあるじゃん。
だがその後、友人に「そんな仕事辞めちゃいなさいよ」と言われ、ますます辞める決意が固まってしまった。

そして、次に仕事に行った時、はっきり店長に辞めたいと言ったそうだ。
27歳の店長は、びっくりして困った顔をしていたという。無理もない。オープンして間もないお店。想像以上にお店は繁盛している。だが既に一人他のオバサンが辞めてしまった。今、たとえ微力であっても母が抜けるのはきついのだろう。

店長は最初に、「辞める時は、最低一ヶ月前に言って貰わないと困るから、次の締めの来月15日まで一ヶ月は続けてください」とビシっと言ったそうだ。そして、その後、母の話をじっくり聞いた。網がほんとに辛いこと、それ以外はそんなに辛くないこと。週二日ならよかったということ。
店長は、それらを受け止め、「網の件はどうにかしましょう。週二日でも構いません。どうしても頑張ってもらいたいんです。もうちょっと考えてみてもらえませんか?」と言ってくれたという。母は「こんな私でもお役に立ててるんですか?」と聞いたそうだ。すると店長「とんでもない、もちろんですよ。来ていただいてどんなに助かっているか。」そして、何度も「本当に助かっているんです」と繰り返したそうだ。

その翌朝、私は母に「どうした?辞めるって言ったの?」と聞くと、困ったような嬉しいような顔で、私に説明してくれた。その時の母の顔は、とても嬉しそうだった。そして、私に何度も「こんなババアでも、役に立ってるんだよね?だから引き止めてくれたんだよね?」と確認するように聞いてきた。彼女は引き止められると思っていなかったそうだ。店長の言葉で「自分が役に立つ人間だ」という自信を持ったようだった。あれだけ絶対辞めると言っていたのに、もうちょっと続けてみることにしたという。母の表情は柔らかく、生き生きしていた。

母は専業主婦歴が長く、面と向かって「あなたの力が必要なんです。」といわれたことなどこれまで殆どなかっただろう。照れながらもとても嬉しそうだった。
母だけでなく、誰でも、何かの役に立っていると思えるのはすごく嬉しいことだ。

言葉で人は変わる、私も母を通してこの27歳の店長から、改めて教わった。

クソババアの母を丸め込んだこの店長、なかなかのやり手だ。
今度、顔見に行ってこよう。

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Posted by late_bloomer at 11:20Comments(20)

2005年10月11日

理由(ワケ)

最近太った。

私はこれまで本気でダイエットをしようと思ったことがない。
「最近太っちゃってぇ」と口にすることはあっても、心の中では、“軽くヤバイ”と思うぐらいで、放っておくと元の体重に戻ったりしていた。

これは、単に私が太りづらい体質だからだ。
父はたくさん食べるがまったく太らない。この痩せ型のDNAを受け継いだのだろう。
高校生の頃からつい最近まで、体重は殆ど変わらなかった。

が、最近異変が起きつつある。
今迄見たこともない数字が、体重計に乗るとはじき出される。
最初の頃は、“そのうちまたいつも通りに戻ってるだろう”くらいに思っていたのだが、おかしい、まったく戻る気配がない。どころかその数字は段々未知の数字をはじき出していく。“マジでヤバイ”
私は、太ることは健康に害がない限り、悪いことだと思ってはいない。だが私は、あくまでも美の為、最低でもこの体型を維持していかなければならないのだ。一体どうしたというんだ。DNAの崩壊か?

まず、太ってきた理由をあれこれ考えてみた。
そういえば、ブログをはじめてから太ってきたような気がする。
ブログが太る原因?なぜだ?
私は自分のブログをじーっと眺めてみた。すると、驚くことに食欲がわいてきたではないか。
あ、そうか!色のせいだ!

私のブログは今までオレンジを基調としたシンプルなデザインだった。
デザインを決めるとき、シンプル&暖色系、このイメージで探したところ、あのオレンジ色のデザインが残った。それで採用したのだ。
だが、オレンジ色=食欲をそそる色ではないか。これでは、読んでくださる方も無意味に太ってしまう。早速デザインを変えることにした。

悩んだのはピンクと黄色。
ピンクはLOVEを引き寄せる。皆が愛で満たされますように。。
黄色はお金を引き寄せる。皆が豊かになりますように。。

黄色はなかなかどぎつく、シンプルなデザインはなかった。
ならばピンクだ。ピンクを使ったシンプルで私のニーズに応えてくれるデザインもない。
・・・仕方ない、やはり元に戻そう。

だが、元に戻らなくなった。ライブドアはリニューアルし、同じデザインを選んでも文字が異常に大きくなっったり、意味もなく太字になったりしてしまったのだ。
夜中、3時間くらい格闘した。どうしよう、一体どうすればいいの?
ダイヤルアップ接続が憎かった。一つ一つ合わせて見るのになんでこんなに時間がかかるんだよぅ。

というワケで、とっても頑張った結果、今回、一番私のニーズに近いこのデザインにリニューアルしました。字がちっちゃいのと、派手派手しいピンクの文字と、お馬さんがちょっぴり違うと思うのですが、そこは住めば都。そのうち慣れていくでしょう。

何はともあれ、皆さまがLOVEで満たされますように☆

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Posted by late_bloomer at 10:47Comments(22)

2005年10月09日

オヤジのいろいろ

唐突だが、私は人を見るのが好きだ。
もちろん、人をジロジロ見るのは大変失礼なことなので、私は真摯な眼差しでジーっと見つめるようにしている。

以前は、レストランや街中で見つめることが多かったのだが、ゴルフを始めてからというもの、私が見つめる相手は圧倒的にオヤジが多くなった。まだ初めて2ヶ月ほどだが、ゴルフをするところには必ずたくさんのオヤジがいる。
それまでは、オヤジは見る対象から外れていた。お酒が飲めない私は、オヤジの集まるところにあまり行かなかったのと、一番の大きな理由は、やはり、オヤジが苦手だったからだろう。

しかし、人間慣れると言うか、近づいてみないとわからないことが多いと言うか、オヤジ達、見てると案外楽しい。

一昔前のゴルフは、お金持ちのスポーツと言う感覚があったが、今はかなり安くなり、お金持ちでなくとも楽しめるスポーツになってきた。だが、練習場やコースの駐車場には、「ほぅ」と思うような車はやはり多い。そして、そいういうオヤジ達は車を離れても“俺は金持ちだオーラ”を放っていて、なんとなく、どのオヤジが金持ちかどうかわかるものだ。

中にはとってもわかり易く、キャディバックに“Mercedes-Benz”なんて書いてあったりして“あ、そうですか、あなたはBenzに乗ってらっしゃるんですね”と親切にこちらが観察するまでもなく、教えてくれるオヤジもいる。以前は、こういうタイプのオヤジが一番苦手だった。だがしかし、オヤジは自分で手に入れたBenzに乗っているのだ。そして、それが大好きなのだ。誰も彼を責める権利はない。一番わかりやすいタイプのオヤジじゃないか。こういう人はオープンな人だ。いつか、声かけて乗せてもらおう。

そして、本当に紳士なオヤジもいる。いや、オヤジというよりおじいちゃまだ。もうリタイヤされているのだろう。だが、練習場にもきちんとジャケット着用で来る。フォームはじい様そのものだが、とても熱心に練習されている。素敵だ。

そして、最近気付いたのが、一番辛いのは、コヤジであるということだ。
もう若くはない、だがオヤジの域までまだ達していない。そんな中途半端な感じがよく出ている。女の場合も同じなのだろう。だから、社会で一番いろいろと叩かれてしまうのではないか、そう思った。

その日出会ったコヤジは、辛子色のシャツにチノパン、身長約160cm、小太り、天然パーマに銀縁メガネ。髪は汗と脂で肌に張り付いていた。年齢はおそらく30をちょっと越えた位だろうか。彼は一人で練習していた。初心者の私が見ても、超ヘタクソだった。彼の打席から異様な音が連続して聞こえてくる。もう、私は彼に釘付けだった。

彼の球は、前ではなく真上に飛ぶ。天上にあたり、跳ね返った球は、バウンドして前の打席の人を直撃したり、通路へ転がったりしている。こんなヘタクソ、はじめてみた。しかし、このコヤジのすごいところは、あさっての方向に行ってしまった球を取りに行って、また自分の打席に戻ると、必ず“納得できない”と言った表情を浮かべ、首をひねるところだ。そういうのは普通、何発かいい球が飛んで、次に打った球が思い通りに飛ばなかった、そのとき、「あれ?どこが悪かったんだろう?」と考え首をひねるものだ。コヤジ、そのレベルにまだ達してないぞ。

以前の私は、こういうタイプもものすごく苦手だった。
虚栄心の塊で、自分の欠点を認めない、言い訳ばかりするタイプだと思っていたからだ。だが、本当にそうなのだろうか?

男には、プライドがある。
どんなにヘタクソで、天井の電球が割れちゃうんじゃないかって内心ビクビクしていても、それを表に出すことなどできないのだ。ましてや男同士の世界では。
そして本物のオヤジになってしまえば、もっといろいろと割り切れるものなのだろうが、まだ彼は発展途上だ。オヤジになりきれていない。そこが辛いところなのだろう。

私は、そんな彼の気持ちが痛いほど伝わってきた。
こんな優しい気持ちになれたのも、オヤジの生態がわかってきたこと、自分自身が大人のLADYになったからだと思う。

私は彼にそっと近づき、「大丈夫よ」と囁きたくなった。
だが、やはりその一線は、私にはまだ越えられなかったのだ。

ごめんね、私、もっと素敵なLADYになるから。

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Posted by late_bloomer at 12:51Comments(16)