2005年05月21日

弱肉強食

夕方犬の散歩に行くのは、私の大事な日課である。外につないでいる犬を散歩に連れて行き、夜は家の中につなぐ。食事を与え、彼女は眠る。朝、母が散歩に連れて行くまでの約12時間彼女は家の中でじーっとしているわけだ。躾をしたわけでもないのに、一度も家の中でソソウをしたことがない。美人な上に賢い。飼い主に似るっていうのはまんざら嘘でもないようだ。。

私は犬なら何でも好きで、散歩中犬に出会うと自然と顔がほころぶ。特に雑種が好きだ。なぜなら雑種ほど個性的で可愛いものは無い。人間同様皆顔が違う。我が家の犬だって世界でたった一つの顔。決して値段がつけられるものではない。

先日、いつものように散歩をしていると、ベンチに飼い主が座り、その横にそれはそれは立派なハスキーがきちんとお座りをしていた。ハスキーの中でも大きい方だろう。見事な犬だった。うちの老犬がよろよろハスキーに近づいていこうとしたので、近くに行ったら触らせてもらおうと思っていた。すると、元気なゴールデンレトリバーを連れたどこかの奥さんが、私達より一足先にハスキーに近づき、飼い主同士話し始めた。ハスキーとゴールデンは仲良くじゃれあっていていい雰囲気。仲間入りできそうだ。

ところがそこへうちの犬が近づくと、突然ハスキーの飼い主が「だめだめ!ハスキーやゴールデンは焼きもち焼きで、2匹までは仲良くできる。でも3匹目はだめだ。それにああいうのは性格がわからない」と言った。え?、もしかして“ああいうの”ってうちの犬のこと?短気な私はその飼い主に食ってかかろうと思ったが、その飼い主は、デカくてスキンヘッドのコワモテのおっさん。普段の私なら躊躇などしないのに、スキンヘッドに恐れをなして情けなくもスゴスゴ引き下がってしまった。。

今でもそのことを考えると悔しくてたまらない。
うちの老犬はそんなことなど何も知らず、穏やかな顔をして寝ている。それがまた私を後悔させる。可愛いコイツの為にも戦うべきだった。。

犬種によって特徴は確かにあるだろうが、性格は皆それぞれ違うはず。それを知ったかぶって偉そうに、あのクソオヤジ。。
近所に住んでるはずだから、きっとまた会うに違いない。今度こそ流血を恐れず戦おう。

大体、大きなもの、ブランド物が好きな人程、ホントは自分に自信がない。あのオヤジ、きっと自分の弱さをハスキーで誤魔化しているに違いない。
私だってエルメスの財布を買って、エルメスの財布からお金を出し、店員に「あ、この人お金持ちなんだ」って錯覚させ見栄を張りたい。

ん?だとしたら、私とスキンヘッドのオヤジ、似たもの同士じゃないか?とういうことは、オヤジの方が人生経験長い分強いはず。長いものには巻かれろだ。犬には悪いがオヤジの言うことに従おう。。

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Posted by late_bloomer at 20:29Comments(0)TrackBack(0)

2005年05月20日

患者様

昨今は、メンタルヘルス系の病気が急増し、うつ病やパニック障害といった病名をよく耳にするようになった。そういう病気をもった人たちが訪れるのが心療内科である。内科や外科、眼科や歯科といった馴染みのある科であれば、どこの病院がいいかとか、評判を耳にすることも多いが、心療内科の評判を巷で聞くことは殆ど無い。

私も現在、3週間に一度心療内科へ通う身である。
最初に病院を選ぶ時、多くの人が今後も通院することを考えて、なるべく自宅から近い病院を選ぶだろう。体が辛ければ尚更だ。私も近場の病院に電話をかけまくり、すぐにでも受け入れてくれる病院へ行った。なんの予備知識もないままに。。

選んだクリニックでは2時間待った挙句、先生は話は聞いてくれたものの、治療方針や病名など告げられることも無く、薬を処方され、「では、一週間後」と背を向けられてしまったのだ。心療内科ってこんなものか・・・?

その一週間後、今度は薬の説明もなく量だけ増えたので「あまり薬に頼りたくない」と私が告げると、先生は突然声をあらげ「指示通りにできないのであれば、サプリメントでも何でも飲んでご自分でなおしたらどうです?!そうしますか!?」と怒鳴った。私は先生だけが頼りだったので、泣きながら「お願いします。」と言うしかなかった。

心療内科での診察は、“話す”ことだけだ。聴診器をあてるわけでもレントゲンをとるわけでもない。現状を話し、それを医者が汲み取って治療を始める。
もっとも医者との相性が物を言うのではないだろうか?

私は、それから真剣に病気と向き合い、例え距離があっても絶対いい先生に治療してもらいたいと強く思い、通える範囲を広げ、ゲロゲロしながらHPをたくさん見た。HPを見れば大体その病院の内容はわかる。私は、ここだ!と思ったところに電話をした。

その時の私は声が震えていたのだろうか、その病院からは、予約制であるにも関わらず、「来れるならすぐに来てください」と温かい声が返ってきた。私はすぐに病院へ行った。少し待つとのことで、看護士が私を別室に案内してくれた。そこで私はベッドで休みながら順番を待つことができたのだ。座っているだけでも辛かった私には、そのことがどれだけ嬉しかったことか・・・。

さらに、私が診察室へ入っていくと、先生は立ち上がって自分の名前を言い、「よろしくお願いします」と頭を下げた。フラフラしながらも感動した。まさか医者が頭を下げるなんて。。
この病院は入院施設もある専門病院で、医者だけでなく、看護士はもちろんソーシャルワーカーやケアワーカーなどがたくさんおり、常に患者の立場を考えてくれる病院だった。

かれこれ半年程通院しているが、先生はいつも私の話に耳を傾け、質問には丁寧に答えてくれる。そしてなぜその方法で治療するのか、納得するまで説明してくれるので、私は安心して薬を飲み、自分が前進していることを実感する。

病状が落ち着いた今、前の先生のことを思い出す。
もしかしたら、先生は先生なりの方法で最善を尽くそうとしてくれたのかもしれない。でも、言葉が足りなかった為にお互い嫌な思いをしてしまったのではないか?

医者は接客業だ。

ホストクラブで一定の売り上げをあげた者だけが医者になれるシステムを、国が力を入れて作って欲しい。。

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2005年05月19日

ハエ女

私は10代の頃、綺麗なお姉さんを見るのが大好きだった。学校の帰り道、電車の中、綺麗なお姉さんを見つけてはじーっと見つめ、ポーっとしたものだ。一度なんて、綺麗なお姉さんが私と同じ駅で降りたので、私はフラフラ後をついて行ってしまった程だ。

私が好きな綺麗なお姉さんには共通点がある。髪が綺麗で肌が綺麗で、清潔感のある服装をし、上品で細身の美人。いつしか“私も大人になったらあんな風になりたい”と思うようになった。私の美意識はこうして確立されたのだ。

確固たる美意識を持った私は、あまり周りに振り回されることはない。もちろん、可愛い子がいれば「可愛いなぁ」と思うし、結婚して幸せになった友人には「良かったなぁ」と思い、子供が生まれたと聞けば「可愛くて仕方ないだろうなぁ」と思う。だが、自分と比較してどうこう思うことは殆ど無い。他の誰かが幸せなことはいいことであって、自分の現状とは全く関係がないからだ。

ところが世の中、人の事が気になって仕方がないという人がいる。
ある知人に「私、あなたより絶対先に結婚するから」と宣言された事がある。彼女は、私より年下で、美人で頭もいい。私が勝ってるところなど一つも無い。なのにどうしてわざわざそんな宣言を私にするのか?私より先に結婚することで何を得るというのか?私は「年功序列でお願いしますよ。。」と言ってかわしたが、なんとなく気分が悪くなった。

その後、彼女は念願どおり私より先に結婚し、可愛い子供まで出産した。なのにいまだにぶ〜ん、ぶ〜んと私の周りに寄ってきては、何かと私の情報を探りたがり、露骨に「気になるから」と言ったりする。「あなたより私の方が幸せよ」ということを確認したいのだろうか?それとも見せびらかしたいのだろうか?

誰かの幸せを望めない人は下品な人で、私の美意識に反する。だから私は彼女に近寄らないようにしているが、なぜかぶ〜ん、ぶ〜んと近寄ってくる。まさに恐怖のハエ女。。。

あなたの周りにも、そんなハエ女の幼虫がひっそり飛び立つのを待っているかもしれません。成虫になる前にしとめる、それがたった一つの生きる道。。

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2005年05月17日

The告白

最初にきちんとした告白があって、お付き合いをスタートさせたカップルは世の中にどれくらいいるのだろう?

20代も後半を過ぎると、「ご飯でも食べに行かない?」とか「映画でもどう?」とかそういうことを何度か繰り返し、次に会う約束が続くことが告白に取って代わり、気がつくと一緒のお布団にもぐっていたりする、というケースをよく耳にする。

中には、素敵なレストランで食事をとり、帰りに夜景の綺麗な場所で車を止め、真剣な眼差しで彼女を見つめ「僕と付き合って欲しい」と言い、彼女もうっとり「はい。。」なんて言っちゃったりして交際がスタートすることもあるだろう。・・・でも、なんかうそ臭い。
なぜなら、素敵なレストランも綺麗な夜景もお手軽そのものだ。誰だってできる。本当に相手を思いやり、理解した上での告白といえるだろうか?

最近、なぜか時々思い出す彼がいる。
今になって彼の良さをしみじみ思う。とても素敵な告白をしてくれた人だ。

私が幼稚園児だった頃、好きな男の子が二人いた。だが彼らは私のことなどあまり気にならない様子だった。
ある日、母が私に「タミキ君のお誕生日会に呼ばれたの。何かプレゼントを用意して一緒に行こうね」と言ったが、タミキ君は私の好きな男の子ではない。簡単に心変わりはどうだろう?だから断った。が、母が「ケーキあるってよ。」と言ったので、私はやっぱり行くことにした。

彼のお母さんと彼はとても優しい笑顔で私を迎えてくれた。私の顔を見て、二人とも「来てくれてとても嬉しい」と言ってまた飛び切りの笑顔になった。ケーキはもちろん、おいしそうな手料理がたくさん並んでいたが、お誕生日会に参加した子供は他には誰もいない。私ひとりだけだった。

思い出すのは彼の笑顔と、めいっぱい喜びだけを表現してくれたこと。やがて会はお開きになり、私が玄関で靴を履き終えると、彼のお母さんは「今日はタミキの為に来てくれてありがとう。あの子、ずーっと来てくれるか心配してたのよ。本当にありがとう。。」と言った。なぜかタミキ君の姿は玄関になかった。私達はお礼を述べて家へと向かった。

それから夏休みを経て幼稚園へ行くとタミキ君の姿はなかった。お父さんの仕事の都合で海外へ行ってしまったと言う。なんだかとてもせつなくなった。何でひとこと言ってくれなかったのか?知っていればもっともっと仲良くできたのに。。母は事情を知っていたらしいが、タミキ君に口止めされたそうだ。最後にお誕生日会を一緒に過ごせたらそれで充分だと。。私の時間をちょっとだけ欲しがったタミキ君。彼は目が大きくてまつ毛が長くとても可愛い男の子だった。

今の私に、そういう素敵な告白してくれる人、現れるのかしら?

最近大人になったタミキ君が時々私の前に現れる。
タミキ君はリッキーマーティンになったらしい。


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2005年05月16日

ニオイ・・・。

「女の子は父親に似たタイプを好きになる」という説がある。私はずーーっとコレに苦しめられてきた。そんなはずない、そんなはずない、そんなはずないっ!

私と父の相性が良くないことは、物心ついた時既に感じていた。思春期はそれはそれはひどい関係だった。今となっては私も随分大人になり、父との距離はかなり近づいたように思う。が、それでもやっぱり「なんで?」と思うことは多々ある、でも、ま、いっか。。

しかし今は、もう一つ大きな問題に悩まされている。それは・・強烈に“くさい”事だ。タバコを吸いお酒を飲み胃が弱く歯が悪い。悪条件のオンパレード。他人様に迷惑をかけてはならないと、父の話を遮ってでも「くさい」と言ってはみるものの、苦戦を強いられている毎日だ。

そんな私の彼氏を選ぶ時の基準は“お父さんに似てない人”。だから、ちょっとでも「あ、オヤジに似てる」と思う言動があると、すぐ何かが私に囁きかける。“気をつけろ!似てるってことは相性が悪いってことだぞ”と。でも、やっぱりどこか父に似てる人を選んでるような気がしてならない。なぜだろう?

“父親からの愛情を満足に得られなかった娘は、その愛情を取り戻すべく父親に似た男性を選ぶ”という説を読んだことがあるが、そのせいだろうか??それもなんか後ろ向きでいやだなぁ。。

さらにもう一説は、“人にはそれぞれニオイがあって、父親が放つ嗅ぎ慣れたニオイと同じ種類のニオイを持つ男に娘は安らぎを感じ、好意を抱く”というものだ。それって。。。

もし“ニオイ”の説が本当だったら、私が好意を抱く人は皆年をとったら、あんなすごいニオイになってしまうのだろうか?今、「くさい」と父に言ってる私が、いつか結婚しても、また同じように結婚相手に「くさい」と言い続ける人生が待っているというのか・・?

勘弁してください。。

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2005年05月15日

高身長よ、さようなら

私は身長が166cmある。ヒールを履くと170cmなんてあっという間に越えてしまう。だから、私の中で男性の身長はかなり重要な問題だった。並んで歩く時、15cmの差が一番綺麗に見えるという。だとすると私の場合、素足で並んで歩いたとして、相手の身長は181cmないとダメだ。選択肢は少ない。。。

以前、185cmの男性と話した時、私の声が聞き取りづらかったのか、彼は少しかがんで耳を傾けてくれた。それに合わせるように私はちょっぴり彼を見上げるようなしぐさをして会話を続けることになった。なんて素敵なことでしょう!私が誰かを見上げて話をすることなど滅多に無い。私はあっという間に彼にイカレてしまった。そんなこんなで私の中で高身長というのは絶対にはずせないポイントになった。

だが、30歳を過ぎた頃、既婚の友達に「甘すぎる」と指摘され、考えは一変した。彼女は、25歳前後から母親に結婚についてかなりプレッシャーをかけられていたと言う。なぜならお母さんは、自分達親が先立った後を考えて、一人っ子の彼女を早くお嫁に出し血縁関係を築かせ、彼女が孤独にならないよういつも気にしていたそうだ。彼女のお母さんの言うことはとても深い意味を持っていた。

そんなお母さんから教育を受けた彼女は、高身長を望む私に「身長?そんなものどうだっていいのよ。歳を取って介護をするようになった時、そんな大きな相手の面倒見られるの?並んで街を歩くのなんてあっという間になくなるのよ。うちの中にデカイのがいたって邪魔なだけでしょう?」とピシャリと言った。

介護か・・・そんな先のことまで考えもしなかったが、いやぁまったくその通りだ。自分が介護される分にはどうでもいいが、する立場になった時、体格のいい人ほど面倒を見るのは大変だろう。

それからしばらく、会社の中、街中で背の高い中年男性を注意してみるようになった。ごくたま〜に背が高くて格好いいオジサマがいたが、大多数は背が高くて何か??というオジサンが多いことに気付いた。

かくして、私は身長を全く気にしなくなったのだ。自分より低かろうがなんだろうが、そんなこと、もうどうでもいい。反対に男性の場合は、腕力がおありなので、高身長の女の子でも問題にはならない、と信じている。

ただ、やっぱり結婚式の時だけはシークレットブーツを履いてもらいたいなぁ、と身勝手なことを考えている。。

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2005年05月14日

男の成長

久しぶりに弟夫婦と母と4人で食事をした。彼らは実家からすぐ近くに住んでいるが、弟は奥さんの実家で可愛がってもらっていて、そちらの方が居心地がいいらしく、滅多に顔を出さない。

幼い頃から、姉は弟の面倒を良く見るお姉さんらしいお姉さんで、私は面倒はみず、弟をパシリとして使っていたので、彼にとって私が“お姉さん”という意識は薄かったと思う。よく、「50円あげるから、ジュース買って来い」と言って小銭を渡し、買いに行かせた。彼は嬉しそうにお金を握り締め、自動販売機まで買いに走ったものだ。

大きくなると、彼は遊びに行って帰って来てはいつも私の部屋に直行し、その日あった事をベラベラ喋っては自分の部屋に帰っていく。私は、「ふん、ふん」と聞くだけで特にアドバイスらしいことはしたことはない。

母にとっては、可愛くて仕方がない末っ子長男。彼が車を買い換えるたび、金銭面で尻拭いをしていた。私はそれを知っていたので、彼がお金を貸してというと、借用書を書かせ、厳しく取り立てたものだ。それでも、15年前に貸した2万円はいまだ返ってきていない。

そんな弟が結婚すると言い出した時、私はすごく複雑な気分だった。全然しっかりしてないし、母に借金だってある。そんなんで結婚してうまくやっていけるわけ??弟が連れてきた彼女は、とても綺麗な子で弟のことが大好きなようだった。それもなんか気に入らなかった。

結婚してしばらくはちょくちょく実家にも顔を出した。いろいろあるようで、彼は随分悩んでいた。昔のように私の部屋に来て話をする弟に、私ができることは何でもしてあげたいと思ったが、私に出来たことは、ただひたすら話を聞くことだけだった。

ところが久しぶりに会った弟は、もう私の知っている弟ではなくなっていた。真剣に仕事の話をする顔、秋にも完成する新居の話、奥さんを思いやる姿。二人はとてもいい夫婦になっていた。そして何よりも衝撃的だったのは、あの弟が、母にそっとお小遣いを渡していたことだ。。

母は私に、「本当に大人になった。もう何も心配することはないね」と、ちょっぴり寂しそうではあるものの、ほっとした顔で私に言った。

私は用事が無い限り弟と電話やメールのやりとりをしないが、翌日メールを送った。久しぶりに楽しかったこと、母が安心していたこと、そして仕事は今が踏ん張り時だ、などとちょっぴりお姉さんらしい文章を書いてみた。

すると、弟からの返信には、男の視点でどういう男がいいのかといったことが、自分の体験と照らし合わせて書かれてあり、私を心配している気持ちが文章に表れていた。最後に「まぁ、気楽に行こうよ!」なんて気遣いまでしてあって、完全にノックアウト。泣かせやがって。。。

弟はもう弟であって弟じゃなくなっていた。

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2005年05月13日

無念・・。

GWに話題になったコククジラ。新聞やテレビを見るうちだんだん気になっていった。クジラを陸からタダで見ることができるかもしれない大チャンスだ。

GW明けに早速車を飛ばして行ってみた。当日はTシャツ一枚で充分なほどの好天に恵まれ、現地に着くと既に数十台の車が路上にとまっていた。普段なら殆ど人などいないだろうと思われる場所だ。新聞に書いてあった通り露店もあり、ちょっとしたお祭り状態。

海へ向かって歩いていく私達とは逆に、帰ってくる人がぞくぞくといた。クジラがいるならおそらくこんなに人は帰って来ないだろう。だが、一縷の望みをかけて歩いていった。

40人位いただろうか。中には三脚に立派なカメラをセットしシャッターチャンスを狙っている人もいれば、分厚い本を読みながら一日待つ、という気合が感じられる人もいた。しかし海はとても静かで波一つ立っていない。なんとなく、今日はクジラには会えないだろうと思った。30分程待って、諦めて家路へと向かった。穏やかな天気、静かな海、かなたにくっきり見える水平線。それらを見ただけで、充分満足だった。

ところが翌々日、定置網に引っかかってクジラが溺死したという記事を読んだ。かなりもがき苦しんだ後があると言う。皆を喜ばせ、そして苦しみ、誰にも気付かれずひっそりと死んでしまったなんて。。私が野次馬気分で見に行ったあの頃、クジラは既に死に向かっていたのだと思うとやりきれない気持ちになった。

その翌日、クジラは研究に必要な内臓を取り出され、砂浜へ埋められたという記事が出ていた。そこは夏になると海水浴客で賑わう場所だという。そこで生活の糧を得る人々は、クジラの死骸が放つかもしれない悪臭を危惧し、「どうしてこの近くの網に引っかかっちゃったんだろうか・・・。」とこぼしていた。

定置網を仕掛けた人も、海水浴場の人も誰も悪くない。ただ、クジラが自分の居場所を見失い、迷い込んでしまっただけだ。

クジラが姿を見せた時、どれだけの人が「ちゃんと本来の生息地に戻れるだろうか」と心配したのだろう。。“タダでクジラがみられるかも”と浮かれていた自分を恥じた。

コククジラは人々を楽しませる為に来たわけではない。大海原に帰りたくて人々に助けを求めていた気がしてならない。。

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信じるものは救われる

生意気な女の子だった頃、私は彼女がいる人とも平気で遊びに行ったりした。“彼女がいたって結婚してるわけじゃないし”とか“彼女じゃきっと物足りないんだわ”などと考えて、根拠の無い自信に満ち溢れ、そして、私を選んだ彼に大満足し有頂天になってた未熟者だった。

その彼とは、そういう経緯もあって、最初は本当に楽しかった。彼女の物がたまに部屋から出てきても、余裕の私はなんとも思わなかった。彼はいつだって私と一緒にいたがったし、不安なんて一つも無かった。

ところが暫くすると、彼は元の自分のペースに戻っていった。まだ若かった私はそれがどういうことかわからず、彼の気持ちが私から離れてきたと思い、徐々に不安に駆られるようになった。だんだん彼のことが信じられなくなっていき、部屋の中を物色したり、ついには“彼女がいたって平気で他の女の子とも遊ぶ彼、私の知らないところでまた彼は他の女の子と遊んでいるかもしれない”という思いが頭から離れなくなった。私はだんだん口うるさい女へと化し、彼をいちいち問いただすようになった。そんな私を彼は疎ましく思うようになり、そして二人の関係は終わってしまった。

最初こそ楽しかったものの、この恋愛は苦しい期間の方が長かった。始まりが始まりだっただけに自分で自分の首を絞める事となった。自分で作り出した妄想に負けてしまったのだ。彼がものすごく苦しみ、私を選んでくれたとしたら裏切ったのは私。元の彼女を傷つけ、彼をも傷つける結果となった。

人を信じるのは難しい。が、信じないことには前には進めない。もう自分で不安を作り出すようなことはしたくない。目の前にある事実だけをしっかり見つめていこうと決めた。

浮気するかしないかは、本人が決めることだ。うるさく言ったり詮索してもいいことなんて一つも無い。不安になった時は、グチグチ言わずガツンと一発釘をさす。この方がよっぽど効率がいい。

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Posted by late_bloomer at 00:11Comments(2)TrackBack(0)

2005年05月11日

占いのからくり

一度だけ占い師にみてもらったことがある。当時私はまだ24歳で、遊び友達がたくさんいて毎日が楽しかった。特に悩みがあったわけではない。占いがどんなものか体験したかったのだ。

成田山に有名な占い師がいるという話を聞いて、友人と二人で行ってみた。小さな小屋が幾つか並んでいてその小屋の一つ一つに占い師がいる。お目当ての占い師は一番右の小屋で、そこは長蛇の列。真夏の炎天下で順番待ちはきつい。。暑さに弱い私はさっさと有名な占い師を諦め、順番待ちのないおばさん占い師の小屋に入ることにした。そこは確か人相と生年月日で占ったと思う。おばさんは私の生年月日を聞き、顔を見ながら「あなたは結婚に向かない。手に職をつけるか公務員になりなさい」と言った。それ以外にもガンガン何か言っていたが、頭の中は真っ白で詳しいことは思い出せない。何気なく行った占いでそんな宣告を受けることになるとは夢にも思わなかった。

それから占いを意識するようになり、有名な占い師の本を買うようになった。そこにはバイオリズムを重視するよう書いてあった。人それぞれ物事をはじめるのに適した時期と、じっとしているべき時期がある。出会いも同じで良い時期に出会えばうまくいくし、悪い時期に出会った人とはうまくいかない、などなど。。

そのバイオリズムに照らし合わせ自分の過去を振り返ってみる。確かに思い当たる事がある。動いてはいけない時期に転職し、そこで人間関係に苦しみ、大失恋もした。私はだんだん占いのからくりにはまっていった。おばさんに言われたことも重くのしかかり、私は「結婚に向かない」と自ら結婚を遠ざけてきたように思う。

だが、本当に占いは当たっているだろうか?
思い切って転職をしたおかげで、お給料をもらいながらパソコンを習得し、英語を教わりその先の人生が開けているし、大失恋をしたものの、今その彼と出会っても私は付き合わないだろう。
何か問題が起きるとそのことばかりに意識が集中してしまって、その影に隠れているいいことを見逃しがちだ。物事には必ず裏と表がある。それを知って何をどう生かして立ち上がるか、そのことが先の人生を決めるのだ。

誰でもなるべく痛い目には遭いたくないだろう。だが、痛い目に遭うことで自然と体が自分のバイオリズムを覚えるようになる。自分自身に問いかければ「今がチャンス!」と自分が教えてくれるのだ。

雑誌の中の星占いは今も好きで必ず読む。占いとのお付き合いはそれぐらいで充分。自分の人生、自分だってわからないのに人にわかるはずがない。

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Posted by late_bloomer at 17:47Comments(2)TrackBack(0)