2005年04月21日

同じ優しさの定義を持つ

私の家の前は公園で、その先には川が流れている。この川沿いにサイクリング道路が作られ、週末ともなるといろいろな人がスポーツを楽しみにやってくる。以前は「ジョギングなんかして何が楽しんだろ?」と窓から眺めるだけだったが、今は暇さえあれば6キロを1時間余りのハイスピード(?)でウォーキングをしている。この川はお世辞にも綺麗とは言えないが、釣り大会はあるし、桜は見事だし、鴨もいるし、うぐいすだって鳴く。かなりの癒し系道路で楽しみ盛りだくさんなのだ。

ある平日の昼過ぎ、いつものように一人でウォーキングをしていると、向こうからやってきた若い女の子に声をかけられた。「シヤクショハドコデスカ?」見たところ東南アジア系の国の女の子らしい。瞬時に市役所への道どりを思い出しどう対応するのがベストか考えた。彼女は一人で自転車で市役所へ行こうとしてるのだ。市役所で手続きするくらいなら日本語はそこそこOKだろう。おまけに市役所へは一回曲がるだけだ。なるべくゆっくり彼女の反応を見ながら説明した。彼女はいくつか私に質問した後、「ワカリマシタ」とものすごく可愛い笑顔でにっこり笑った。「大丈夫?」と聞くと「ハイ、ダイジョウブデス。アリガトゴザイマシタ。」と何度も頭を下げて自転車で市役所を目指して行った。

私は市役所とは反対方向へとウォーキングを続けたが、だんだん彼女のことが心配になり、引き返して市役所へと向かった。すると彼女はちょこんと椅子に座り順番待ちをしているではないか。あー、良かった。ちゃんと辿り着けたんだ。彼女の背中を確認すると、私はまたウォーキングを再開した。するとだんだん気分が良くなってきた。自分がとても優しい人間に思えた。彼女が私を良い気分にさせてくれたのだ。

この気分の良さを誰かに聞いてもらいたくて、事の顛末をたくさんの人に話して回った。すると、多くの人が「なんで一緒に行ってあげなかったの?」と言うではないか・・。しょんぼりだ。私がしたことは、ただの自己満足だったのだろうか?

う〜ん“優しさ”って一体なんだろう?正解はあるのだろうか?

例えば、突然会社に車で彼氏が迎えに来たとする。彼女に当日たまたま何も予定がなかったら嬉しいだろう。だが、彼女には、会社帰りに予定があるかもしれない。彼女の事を本当の意味で思いやっていたら、そんな行動はとらないはずだ。この彼の行動は、ただ単に彼がしたい事だったり、何かのついでだったり、彼の自己満足に過ぎないのではないか。だが、こういう行動を“優しい”と勘違いしてしまう女の子は多いだろう。そういえば私もそうだったような・・。

だが今の私は、その相手にとって何か面倒くさい事や不利益な事を頼んだ時、嫌な顔せず引き受けてくれて、きちんと私の話に耳を傾け、たとえ間違いを犯されても広い心で許す。これこそが真の優しさではないかと思うのだ。
ほんのちょっと先回りして、頼む前に事が片付けられていたりしたら、もう言うこと無し!

あれ?優しさの定義のつもりがいつの間にか自分の理想の男性像になってる。優しさを求めるのなら、まずは私が優しい人間にならなくっちゃ。
そして、同じ優しさの定義を持つ人を見つけて、一緒に人生歩んで行きたい。

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この記事へのコメント
目先のことだけじゃなく後々のことまで考えた素敵な行動ですね。
一緒に行ってあげることだけが優しさじゃないと思いますよ。
順番待ちしてる彼女の背中を確認して、そっと立ち去るなんて!にくいです!
私はこれが本当の優しさではないかと。なんだか私まで良い気分になりました♪
Posted by プリン at 2005年04月21日 22:50
プリンさん、
コメントありがとうございました。
プリンさんが「良い気分」になってくれて私は嬉しさ倍増です!
私のブログが誰かを気分良くできるなんて・・。これからも頑張っていく勇気を与えてくれたプリンさん、ありがとうございました。
Posted by yukiko at 2005年04月21日 23:10
私もなぜか?よく人に道を聞かれる人間です。
一緒に目的地まで行ってあげるべきか。それとも道を教えて立ち去るべきか。
いつも迷ってしまいます。
自分だったら一緒についてきてもらったら返って気を使ってしまうような
気がしてちゃんとたどり着けるか気になりつつその場を立ち去ります。
そっと確認してあげるなんてとても優しいと思います。
何だか心が温かい気持ちになりました。
Posted by orang pekoe at 2005年04月22日 15:21
orang pekoe さん、初めまして。
コメントありがとうございました。
私も同じです。いつも「これで良かったのかな?」と迷ってしまいます。今回はたまたま時間に余裕があった事、女の子の笑顔と何度も頭を下げた姿が忘れられなかった事などが私を市役所へ向かわせたのだと思います。orang pekoe さんが同じ場面に遭遇したらきっと私と同じ事をされたと思います。
また是非遊びに来てくださいね。嬉しいコメントありがとうございました。
Posted by yukiko at 2005年04月22日 20:29
元気ですか?
Posted by tak at 2005年05月29日 01:08
yukikoさんは本当に優しいのですね。うれしいです。
でも今の世の中、難しいと感じることがあります。街角で迷っている人がいて、こちらから案内してあげると、不審者扱いになってしまっていることがあります。後から感じたことなんですが、その人が優しさに慣れていない事が大きな要因ではないかと・・・。例えは悪いですが、野良猫、野良犬は餌をあげるときにはかなり警戒します。愛に飢えているのです。自己満足かもしれませんが、カーリングの様に石に触れずに箒になって石の行く手の障害を取り除いてあげたい。ただの箒でいいのです。特に大切な人に対してはね・・・。まるで高倉健さんみたいだね。なりた〜い!
Posted by 棟梁 at 2005年08月06日 16:14
棟梁パパへ
そんなにホントは優しくないです。
このときはたまたま時間と心に余裕があっただけ。。
野良猫と野良犬のたとえ、すごく当たっていると思います。
優しくされることに慣れてないのでしょうね。
だから、ほんの少しずつでもいいから自分のできる範囲のことはこっそりしていきたいと思ってます。
Posted by yukiko at 2005年08月06日 22:10
Their gifts don't seem to prize what it says?
Posted by worldwide travel center at 2007年01月06日 21:32
Of course, and bring it in,--and look to a little magnificent, to shorten sail, and Lucy, without her taking in all that had been a week; at the idea of boarding, should you not let this threatening appearance be known to them, as plainly as eyes could say anything more on my own ability to discharge the office of an arm-chest lying on her heel, and regarded his sacred office with too much self-respect, and that it might be wanted to make comfortable suppers at the cape, the Morrises being people of other things, of the common forms of speech in their place, on a boat, put altogether.
Posted by church of the living god international at 2007年01月30日 08:34